4月18日、白川学館では祝殿にて、天沼矛御神体祭を執り行わせて頂きました。
このような社会情勢にも関わらず、関係する多くの皆様が、祝殿まで足をお運びくださいました。ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
天沼矛は、御神体として、無事に祝殿に納められました。

白川学館にとっては大切な祭祀が4月18日に行われたわけでありますが、その祭祀に参加される予定であった、会員の方から、後日、白川学館宛にメールにてご感想を頂戴いたしました。御本人の了承をいただきましたので、こちらの記事にそのメール内容を掲載させていただきます。

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2020/04/22 16:44のメール:

こんにちは、いつも大変お世話になっております。遅くなりましたが、4月18日の白川にとって記念すべき日に、天沼矛の御祭祀を重ね重ねおめでとうございます。ご報告とともに、素晴らしい写真もありがとうございました。

土曜は直前に、祝殿へ伺う予定がかなわなくなり、天沼矛御神体祭に急遽WEBより参加させて頂くことができました。それも、スタッフの方が、ギリギリのタイミングであったにも関わらず、優しく丁寧に素早くご対応頂いたおかげです。大変助かりました。心より感謝申し上げます。

思いがけず、電子祝殿での祭祀参加となり、改めて電子祝殿の意義を体感する機会となりました【その場にいなくても、同時共時に電子祝殿によりその場を共有できること】それが、どれだけの価値を享受させて頂けていたのか、行きたくてもいけない状況になり身に染みました。

当日の祓いの時には、奥義が振動し、汗がにじむほど体が熱くなりました。いつもの祓いとは全く違うことを福岡の自宅にいながらにして同時共時に体感しました。

祝殿に行き祭祀に参加させて頂くことが一番価値があり最適だ、と強く思い、そう決めていました。
そしてなくなく行くのを諦めた時は、泣くほど悔しかったです。けれど、その悔しさと今回のような非常事態の状況があったからこそ、その瞬間瞬間によって、最適は異なり、固定化したものでない、とふと思えました。価値観が執着となり、悔しさが起きていたことに気づけました。すると、すっと楽になり、必ず行くんだという強い思いが消え、今が最適だと、最適にするという意志も生まれました。今ある場で、できることを精一杯つとめる。力を入れたり頑張ることが癖になっていましたが、すっと祓われ鎮魂され、言霊を出していました。

けれど、甲府でしか祭祀に参加できないとしたら、ここまでの気づきは起きませんでした。それは、「電子祝殿で祭祀に参加させていただける」という選択肢があったからこそです。電子祝殿のある環境と、祓い・鎮魂・言霊を続けてきたからこそ、すみわたる世界を同時共時に共有できたことの素晴らしさとありがたさを全身で感じることができました。

祭祀後に、思いがけず仲間からのシェアやそのときに詠んだ和歌が届きました。そこにいなくても情報場を伝えてくれることが、想定外で起きてきました。和歌からその場の響きが感じられ、感動で震えました。和歌は、瞬間に時空間を超え、日本語の一音一音が神であることを教えてくれました。そのことばの響きの力に驚きました。

電子祝殿があることで、意識次第でテレパシーも使え、時空間を超えたつながりがもてることを体験できました。このような状況になる前に、いち早く七沢先生が電子祝殿を作ってくださったこと、ありがたさと感謝ばかりです。

天沼矛を顕現するにあたり、素晴らしい体験をさせていただきました。天沼矛神瑛體が届くのがますます楽しみです。

ありがとうございました。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

前田恵美 拝
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前田様、この度はお忙しい中、メールにてご感想をお送り頂き、誠にありがとうございました。前田様からの生の声に、感謝申し上げますと共に、今後も白川学館として、精進していく所存でございます。

白川学館では、この令和の時代だからこそ出来る提案を、今後もさせて頂くことが出来ればと考えております。白川学館の事業内容にも書かれております通り、「創造的新日本文化の模索と提唱」を、今後も会員の皆様のお力添えのもと、最大限にさせて頂く所存でございます。