秋季皇霊祭・圀手會三周年奉告祭開催される

ちょうど、お彼岸期間中の中日となりました令和二年九月二十二日に、秋季皇霊祭が執り行われました。

今年ははじめて甲府の地を離れ、日本の首都東京にて「秋季皇霊祭・圀手會三周年奉告祭」として、白川学館と圀手會での合同開催となりました。

春季皇霊祭そして秋季皇霊祭、仏教で言うところのお彼岸、すなわち天皇家のお彼岸と言って良いかもしれませんが、民間で言えば各々の家々で先祖に感謝申し上げるお祭りのということになります。

初代神武天皇以来、今までのご皇霊という存在が、これだけ長く続いた王家は世界にありません。つまり、世界で一番古い歴史を持っているのは日本の天皇家であると言えますそして天皇家は、遠津御祖神として御皇霊をお祀りするということを古くからずっと行ってこられました。その日本の天皇家の遠津御祖神として長い間、日本とその民族守り続けてくださった、そのお働きに感謝する皇恩感謝という意味合い皇霊祭にはあります

明治以前、御所では仏教式として、「御黒戸(おくろど)という所で、神道式では白川が神祇官として、御皇霊を八神殿の中でお祀りをさせていただいていたという歴史があります。

明治に入り、様々な要因によってその祭祀の形態が変わり、明治20年代には、皇霊殿御魂をお祀りすることになりました。それは、宮中三殿賢所、皇霊殿、神殿)が作られ、纏められていく中で受け継がれた伝統となります。

白川学館では甲府の地で、本来白川がお伝えしてきた、かつての「春季皇霊祭・秋季皇霊祭」の一つの方法を、この時代、再び蘇らせ、守り、お伝えさせていただくということを行わせていただいてまいりました。

日本人は、誰でも先祖を遡れば、御皇霊と最終的には繋がっていると言われております。天皇家に、先祖をお祀りする祭祀の形というものを学び、また、私たちが一番身近なご自身の遠津御祖神からさらに御皇霊をお迎え、そして感謝申し上げ、公に向かってこの日本という国を心一つにしていくということの学びが、この皇霊祭を民間で行う一つの意義であると言ってよいでしょう。

会場となったリッツカールトン東京には127名のご参加が、そしてインターネット配信からは98名ものご参加があり、皆様の注目度も大変大きく、盛会の運びとなりました。

今回の祭祀では雅楽とともに御神楽(みかぐら)「其駒(そのこま)」の舞も行われ、厳粛な趣の中でご皇霊をお迎えさせていただくことができ、参加者の皆様にとって大変印象深い祭祀となったようです。

「おかぐら」と混同しやすいですが、「みかぐら」は皇居の中の賢所や皇霊殿の前で、天照大神や御皇霊の神慮をお慰めするために奉される儀式に用いられる祭祀のための特別な舞のこと

祭祀終了後の講演では祝殿斉藤宮司も登壇し、「白川の神拝作法は本来、天皇陛下のための作法である。私たちは民間人としてその学びを行わせていただく意味で、あらためて本日の拍手をしっかりと行わせていただきました。」と、拍手作法に関しての解説もいただきました。

白川学館では今後も祭祀を通じて、より多くの方々とともに、その学びを深めていきたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

(七沢賢治代表「はふりめく」より「皇霊祭」について抜粋)

※皇霊祭の一番大事なところというのは、この高天原というものと現実世界というものを、御皇霊が繋ぐ役割をしてきたことです。天皇と天津神という、特に天照大御神という神様と結ぶことをずっとされてきたということです。だから世界のどこにもないわけですよね。神と人を繋ぐという概念がないんです。日本では神と人を繋ぐということが、ずっと連綿と行われてきました。そしてまた亡くなられた天皇を御皇霊として、それがまた生きた天皇と神を繋いでいるという、そういうことが皇霊祭の意味であります。

※その時に、先祖を想い、その意志を継ぐという、すなわち今どきの言い方ですとDNAといいますか、体遺伝子と精神遺伝子を共にしっかりと引き継いで、そしてより良い社会の繁栄のために想いをいたすのです。もちろんそれは人類という大きな繁栄のためにです。その先祖や自分自身に最初に宣言する意味で、まずは天皇家の遠津御祖神である124代の、代々の天皇陛下のご皇霊をお迎えします。そしてご皇霊から「このように生きるんですよ」ということをお聞きする。お聞きする内容が代々の国のため、公のために尽くされた、代々の天皇陛下の溢れんばかりの思いやりが表れているので、少しでもその想いと重ね合わせ、我々はこれをもって人類のためにやっていこうということです。

※それはあくまでも天皇家の先祖に対する熱い想いを、そのまま民として遠津御祖神をまたお祀りするということの精神を、それを受け継ぎましょうということが、この春と秋の皇霊祭にもなっているといいましょうか。民間としては仏教的な彼岸ということになっておりますが、両方、御所にもあったというふうになるわけです。神仏分離以降、それを分けるような形で、それはちょうど150年くらいの話でありますけれども、それ以前は両立てでお参りをさせていただいてきました。

※我々が、少なくとも、既に、あの世に行っておられるような、先祖たちと、この身を持ちながら出会う、臨死体験だけではなくて、そういうことを普段に、ボディワークとして出来るような時代になる。それくらい死者と生者の関係が、豊かな情緒の中で迎えられる、そういう時がいよいよ来るのではないのかと思います。ですから、このことが死者の書の世界でもあり、一方では、遠津御祖神の世界でもあり、天照大御神であり、造化三神からの神々の世界のところに、また我々が還っていくということです。

※今、時代が、どなたにもお教えできる、そういうデジタル信号として、ネット上に展開できるくらいのところまで来ているわけですから、全ての皆様方にお伝えするということをさせていただくということが、白川学館の役割ではないのかなというふうに思っております。