例えば、卒業論文を書いて、今年

分類2-5
質問例えば、卒業論文を書いて、今年度中に学校を卒業したいという願い事を、決意表明にするには、どんな感じで、過去形にもっていけばいいんでしょうか。
回答たとえば、「私は卒業論文を書き上げ、必要な単位を取得し、今年度中に○○学校を卒業した」と過去形にします。その言葉が確信の力となって働きます。
回答講師小野寺潤

これからの時代は天津太祝詞音図

分類1-11
質問これからの時代は天津太祝詞音図が大事ということでしたが、日常的に使っている言葉をこの音図で使うにはどうしたらいいのでしょうか?講義では「中今」の状態からコトノハを発すると現象化すると説明されていましたが、これは、言葉を言霊として使う時に大切なこととして理解しており、音図それ自体を日常的に使う場合の使い分けがよくわかりませんでした。
回答音図は言霊を整理するための方便であり、それにより文明の在り様を特定しようとするものです。日常的に使うには不便かもしれません。講義では時間の制限があるため、説明しきれませんでしたが、天津太祝詞音図の別の意味は、「アイエオウ」と「ワヰヱヲウ」という天之御柱(あめのみはしら)、国之御柱(くにのみはしら)という「主体、客体」を同時に持つというところにあります。この「主体、客体」を両方持つことで、はじめて二項対立を超え、「中今」と一体化できます。ですから、その「中今」から言葉を発するということが、天津太祝詞音図の極意ともいえます。
回答講師小野寺潤

言霊は、カナになる前の意識する

分類1-11
質問言霊は、カナになる前の意識する前の段階ものとありましたが、あなとは、神が言わせているということなのでしょうか?
回答天名(あな)とは五十音そのものをいいます。その五十音を人間が引き寄せて使うことにより、意志としての最初の言葉ができます。それが真名(まな)になり、神名(かな)という人の耳に聞こえる言葉になります。
回答講師小野寺潤

3種類の五十音図がありますが、

分類1-11
質問3種類の五十音図がありますが、これは音図によって文明の役割が違う、と説明がありました。各音図の文字配列にポイントがあるのでしょうか?音図の文字配列は確かに違っているのはわかるのですが、この文字配列の違いにより、何がどうなるので「違い」がおきるのでしょうか?
回答これは一例ですが、天津金木音図の場合、上の段が「アカサタナハマヤラワ」となり、天津太祝詞音図の場合、「アタカマハラナヤサワ」となります。この時、「カ」は「掻き取る、収納する」の意味があり、「タ」には「創造」の意味があります。つまり、天津金木の場合は、一番先に「収納する、奪う」ことから始まり、天津太祝詞音図の場合は「創造する」ことが最初にあります。これは、天津金木音図を資本主義と見立て、既にあるものを人から、あるいは自然から「奪う」ことを是とする生き方を示しています。これに対し、先に「創造」から始める生き方をこれからの文明のあり方と予言しているわけです。ご参考までに言霊大学校のテキストにあるそれぞれのご説明を載せておきます。 天津金木音図 現在の世界人類の思想体系。この音図は母音アイウエオのウ音に中心が置かれており、すべて感覚的、現実的なものが人間の関心の中心となっている。その他の四つの知情意は付随的な意味しかない。芸術も宗教も学問もすべて感覚に従属している。 天津太祝詞音図 大祓祝詞に説くごとく、天津菅麻音図の未整理、原始的思惟の素材を整理し、天津金木音図の永劫未完成、末法万年を続ける永断道路の、無秩序、無方針、無目的の人類思想に対して、生命に即した合理性をあらしめる、全人類待望の予定された世界の組織経綸方法である。父韻のリズムは、タカマハラナヤサとなり、「高天原成弥栄和」と感じにパラフレーズできる。生命の自覚に立った文明創造のリズムである高天原が実現すれば、弥栄と調和の世界が地上に実現するという意義である。
回答講師小野寺潤

たまたま、苫米地さんの「アイン

分類1-8
質問たまたま、苫米地さんの「アインシュタイン脳を超えて」という動画を見る機会がありました。この動画では、抽象度の高い五次元空間から情報を持ってくるととてつもないエネルギーとなることを、科学的に話していました。その、具体的なワークについても言及していましたが、非常にあいまいです。私としては、毎日のお祓いこそが、まさにそれであるように思えています。
回答毎日の御祓こそが、無限のエネルギーを生んでくれる、五次元の技です。言霊が扉の鍵です。
回答講師七沢智樹

統合とは、みな元で繋がっている

分類1-8
質問統合とは、みな元で繋がっているワンネスの考えと似ていますが、そういった理論理屈の理解よりは日々の実践を無心で行った方がいいでしょうか?
回答そういった統合が元にありますが、ワンネスに至るまでにありとあらゆる統合がありますし、統合から創造も起こります。統合されてすべてが一つになるというよりも、統合され創造され、そして破壊され、また統合されるという循環が、ありとあらゆるところで同時に起きているというように捉えると捉えやすいかもしれません。そういった感覚も日々無心で実践を行うことで、自然と養われると思います。
回答講師七沢智樹

図24のタイトル「私から公への

分類1-8
質問図24のタイトル「私から公への転換」の部分と、図右側の「私→公」は100%公になってしまうような印象を与えてしまう気がします。「人→神」についての理解は一個人としての意思を100%持ちながらも神の視野、精神に立って公に貢献するという意味で正しいでしょうか?
回答ここは表現の仕方が難しいところで、どこかで補足したいところです。公は、私が土台となり、神は、人が土台となります。その器がなれば、公、神へ移行することはできません。しかし、公と私、神と人の間には明確な境があります。なのでそこは「転換(階層を超える)」するしかありません。私が満たされ、公の意志が発せられることで、公に転換し、私はないかのようになるのです(私→公)。神と一体となる場合も、神と一体となるための魂の器が出来上がり、神と一体となった時、それは、人ではなく神です(人→神)。まとめると、 1、公、神となった後では、私、人の存在が消えてしまったかのように見える。 2、公、神となるのは、四六時中ではなく、中今に発動するものである。なので、普段は、私であり人であってもよい、むしろ自然。 3、神道の惟神の教えは、人は本来、神であり、神が人になったというもの。それを、逆にたどって、神まで至るのが「おみち」。しかし、あくまでも、最初にあるのは、神→人。そこを、単純に、人が神になると捉えると、慢心を産んでしまう。人が神になる(もどった)とした場合、人ではなく神が主体となる。
回答講師七沢智樹

今まで個人的には「成ろうと思っ

分類1-8
質問今まで個人的には「成ろうと思った瞬間にすでに成っている。成る人しか成ろうと思わないからだ」と思っていました。巷の成功哲学とかそういうのではなく、いつからか自然と自分の中にあった言葉です。なので成ろう、とするよりは、どう在るか?が肝心だと思っていました。ですので、これまでの自分の考えとはまた違った解釈をするべきなのか?とちょっと迷いが生まれています。白川学館の学び方としては「おみち」なので成っていない→成っていくという解釈の方向性で合っていますでしょうか?
回答「成る」と「成ろうとする」の違いですね。成ろうとするのは、「願望」です。なので、成れるかどうかわかりません。「成る」というのは、「意志」です。神の働きです。一方で、「在る」のみでは、階層を自在に行き来できません。神という階層にとどまって、「在る」のみでは、何も現象化できません。「成る」は、階層を超えて、働くという意味を持ちます。五次元と四次元のはざまに、神の世界と現実の世界のはざまに、「成る」という言葉の意味があります。
回答講師七沢智樹