| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | 素粒子17種類のうち、光子だけが反粒子が存在しません。なぜでしょうか?その他16の素粒子は反粒子とぶつかると消滅してしまいます。物質がゼロポイントフィールド化して非物質になるということですね? |
| 回答 | 光子に反粒子がない理由は、専門的には、光子は質量を持たず、加算的量子数も持ってないから等となるようですが、五階層で思考するならば、光は、第四階層の四次元を司る素粒子=ボソン、であるのに対し、電子やクオーク等の反粒子が存在する素粒子=フェルミオンは、第三階層の三次元を司る素粒子であり、光子は、三次元より高次の四次元の存在なので、三次元において反物質になる(=二つに分かれる)ことはないと説明できます。なお、標準模型の17の素粒子の中に、光子以外に反粒子を作らない素粒子があると思います。調べてみてください。 |
| 回答講師 | 問答集 |
投稿者: eysmnje
674件ヒットしました
(宮中八神殿の)五霊と一体とな
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | (宮中八神殿の)五霊と一体となるとは具体的にはなにを指しているのでしょうか? |
| 回答 | 八神殿の五霊は、神と人を繋ぐ産霊の働きの極致と捉えることができます。その産霊の働きと一体となることで、神と一体となるパイプがしっかりと太く強くなるのです。しかし、鎮魂をしてその働きを受ける器である魂を整えなければ、神の働きを受けることができません。そのため、鎮魂祭を行うのです。(詳細は、白川伯王家の神観・霊魂観にて) |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
情緒曼荼羅の見方を知りたいです
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | 情緒曼荼羅の見方を知りたいです。 |
| 回答 | 一番外が交感神経優位の情緒語、その次が、副交感神経優位の情緒語、中心が五情です。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
エネルギーを転換すれば無から質
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | エネルギーを転換すれば無から質量が生まれる・・の箇所がよく分りません。補足をお願いします。 |
| 回答 | これは、E=mc2 のことをさします。エネルギーが質量に転換するのです。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
五情の曼荼羅ではなぜ覚:省:悔
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | 五情の曼荼羅ではなぜ覚:省:悔:恥:畏の5つが中心なのかなと思いました。 |
| 回答 | 客観視の情緒という意味で中心にあります。嬉しかったり、悲しかったりするわけですが、最後に、客観視の情緒が出て、魂が成長するということです。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
霊の事がやはりよくわからなく、
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | 霊の事がやはりよくわからなく、質問したいのですが、私の周りではお化けが見える人がたくさんいて色々な現象を耳にするのですが、なぜ、霊は、光や波なのに、電気を消したり付けたり、蛇口をひねって水を出したり、ガラスを割ったり人に何かをしゃべらせたりできるのでしょうか?様々な霊はその思いを波で伝えて、三次元に表現する事ができるのでしょうか? 私事ですが、とても不思議で仕方がないので、どうか教えてください。 |
| 回答 | 光や波動が粒子化して物質化します。物理学的には、光子と電子の関係はまさにそうなっています。このようにして、すべての物質の元は、光や波動です。さらに、光や波動は、意識や意志によってつくられるそういう関係にあります。したがって、意志が波動を動かし物質を変えます。例えば、何かをしようと意志を発すれば、その意志が体内の神経伝達を生体電流の波動によって伝わり、体を動かし、物を動かします(場合によっては体を動かさなくても念で動かしたりします)。霊的な存在も、もとは人だったりするのですが、体を持たなくても、同じように作用します。強い念(波動)だとなおさら物質に影響を与えやすいのです。しかし、その念はほとんど、神と人をつなげる波動は出していない浮遊している霊です。その霊=波動を、より高次の意志であり言霊で祓うのです。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
情緒を客観視するのも情緒でもっ
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | 情緒を客観視するのも情緒でもって行いますが、ということは客観視しているのも「実は私」ということですよね。前向きならいいのですが、中には自分を責め悔い恥じすぎて、自虐の念にさいなまれ「私はどうせダメだ!」と逆効果になる人がいたとしたら、どうアドバイスしたらよろしいでしょうか? また、その私をもさらに客観視することもできると思いますが、それを「私」を超えた次元から行うことは可能でしょうか? |
| 回答 | 私に、私Ⅰ、私Ⅱ、私Ⅲ・・・、があるということです。私しか見えていない私Ⅰ。他者の視点が見える私Ⅱ。私と他者の視点の両方を見ることができる私Ⅲ。私と他者の視点を両方見た上で、どうしたらよいか判断できる私Ⅳ。私Ⅰ~Ⅳ(自我の私)や、他者がどうであろうと、それらを認識する以前から存在している、ありのままの存在としての私Ⅴ。といった具合です。これが、五階層と対応しています。 その上で、「私はどうせだめだ」と自暴自棄になるとしたら、悔いて、恥じているかもしれませんが、省みて(駄目である自分を反省しきれていない)、畏れて(私という存在は、自分が考えるよりも、宇宙自然のように広大で尊いものだということに気が付いていない)、覚える(それらをすべて、自分の中で落とし込み、同じ情緒にとらわれないところまで持っていくこと)ところまで行っていません。 アドバイス方法は、無限にあると思いますが、どうしても、そこにとらわれてはなれないようでしたら、過激な方法として、「じゃあ、人間やめてみろよ」と強く言って、生と死を意識させると、いや「人間やめません」とかえってくるか、それだと、逆効果と予想される場合は、他者の視点として「ダメではないこと」をしっかりと伝えること、ではないでしょうか。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
神、霊、魂を量子力学で説明した
| 分類 | 1-7 |
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| 質問 | 神、霊、魂を量子力学で説明した場合の参考図書のようなものがあれば教えて下さい。 |
| 回答 | 私たちは、何かを参考にしているわけではないので、私たちが作成した資料しか、参考資料としてお伝えできませんが、七沢研究所のLOGOSOLOGY研究会で研究成果をお伝えしています。ご興味ありましたらお問い合わせください。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |