| 分類 | 2-9 |
|---|---|
| 質問 | 七沢研究所が開発したロゴストロンLを持っていますが、自分なりにお祓いは難しいかなと思って購入しました。作法とどのように使っていけばよいか? |
| 回答 | 通常通り使っていただければと思います。相乗効果によって効果が高まります。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
投稿者: eysmnje
674件ヒットしました
会社の事務所にお稲荷の神棚があ
| 分類 | 2-4 |
|---|---|
| 質問 | 会社の事務所にお稲荷の神棚があるのですが、お清めや結界を張って大丈夫でしょうか? |
| 回答 | まったく問題ありません。但し、祭神の影響が出ていると感じたら変える必要があるかもしれません。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
生まれが京都の伏見で、現在の住
| 分類 | 1-6 |
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| 質問 | 生まれが京都の伏見で、現在の住まいの隣がお稲荷さんのため、何か縁がある気もしております。お稲荷さんの話題がありましたので、差支えなければご教示いただければ幸いです。 |
| 回答 | 伏見稲荷大社は、江戸時代は、公家、白川家が教えていた神社(当時は、白川家か吉田家が免許状を出していた。)です。しかし、稲荷神社でお祀りしているのは、「狐」であるため、神道の神観の講義でもお伝えしていますが、太陽や月、地球、木火土金水や宇宙創造の働きのようなよりスケールの大きな神々ではありません。同じお祀りするのであれば、よりスケールの大きな、宇宙自然の働きをお祀りしたほうが、宇宙自然の働きと一体となりやすいということがあります。白川では、造化三神(宇宙創造の神々)と天照大御神(太陽)、豊受大神(大地の恵み)をお祀りしています。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
テキストと動画の他、理解を深め
| 分類 | 2-9 |
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| 質問 | テキストと動画の他、理解を深める良き副読本があれば、紹介していただきたく思います。 |
| 回答 | 入門講義の手引きにてご案内していた書籍がよい副読本となります。ご入用の場合は、事務局にお問い合わせください。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
講義とは関係ないですが、山梨の
| 分類 | 2-9 |
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| 質問 | 講義とは関係ないですが、山梨の数種類ある桃の中で、何桃がおススメですか? |
| 回答 | 種類というよりも、農場によって味が違うようです。私は、七沢賢治代表理事のいとこが作っている桃がおすすめです。七沢研究所開発技術によって、とてもおいしく出来上がっています。連絡先をお知りになりたい場合はお問い合わせください。 |
| 回答講師 | 七沢智樹 |
祝殿講習に進む資格を頂けるなら
| 分類 | 2-5 |
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| 質問 | 祝殿講習に進む資格を頂けるならば、機会を持ちたいと思います。日程等大体分かれば知っておきたいと思います。 |
| 回答 | 祝殿講習の日程は、最新の白川通信をご覧ください。 |
| 回答講師 | 櫻井慎也 |
ホツマツタエという文字がありま
| 分類 | 1-11 |
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| 質問 | ホツマツタエという文字がありますが、これを「言霊の書」だという人がいますが、白川ではどのように考えておられますでしょうか?やはり「偽書」扱いでしょうか? |
| 回答 | ホツマツタエですが、白川がそれを偽書と見ているのではなく、学術の世界で偽書とされているものは、公で通用しないという観点から、あえて話題にすることはありません。白川が長い歴史の中で集めた資料には、当然神代文字も含まれます。しかし、天皇祭祀では公が了解する集合意識の場にもアクセスするため、公で認められていないものは、原則的に採用しないという立場を取っています。 |
| 回答講師 | 小野寺潤 |
「鏡」で組み立て直すという事で
| 分類 | 1-11 |
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| 質問 | 「鏡」で組み立て直すという事ですが、神道的にはどのようになることが正しい道という事でしょうか? |
| 回答 | 講義で説明した「イソノミヤ」が理想だと思われます。「イソノミヤ」は、「五十音宮」であり、鏡は五十音の象徴です。では、五十音とは何でしょうか。普段私たちが話している言語は日本語であり、五十音です。話し言葉、書き言葉という表現がありますが、それらは次元の階層を降りた結果としての五十音です。では、耳に聞こえる、あるいは目で見える文字になる前に、五十音はどのような形になっているでしょうか。そうです。形はありません。霊(たま)という振動ならあります。振動の前には何があるでしょうか。何もないでしょうか。いいえ。意志の存在があります。もはや振動ともいえない状態です。言霊学ではこれを神と呼びます。その子供や孫が文字になったり話し言葉になったりしますが、神の子はやはり神です。普段会話をしたり、何かを書いている時は、全く無自覚に言葉という神を使っています。神というよりは、道具といった感覚です。道具という感覚のため、ぞんざいに扱う傾向があります。しかし、それが神だと知ったら、どうでしょうか。もちろん、口にしないまでも、心の中であれこれ考える時にも言葉は使います。そうした心の声にも神が使われていると知ったらどうでしょうか。そうですね。いい加減な使い方はできないはずです。しかし、神を使う自分という言い方はピンと来ないかもしれません。人間である自分が神を使うことはありえない、と。神を扱えるのは神だけです。とすると、自分は実は神ではないでしょうか。言霊五十神、言霊百神といいますが、五十神を認めているのは誰でしょうか、五十神を使って会話をしているのは誰でしょうか。自分以外、人間以外ありえないのではないでしょうか。結論として、五十音は神である→人間は五十音を使える→人間は神である、ということになります。なぜなら、次元の階層上、神でないと神を扱えないからです。少し強引でしょうか。ここで、最初の「五十音は神である」に引っかかると、次に進むことができません。しかし、自分に把握できるにせよ、できないにせよ、古事記にもあるように歴史的に「言葉は神」だといわれているわけです。聖書も言っています。「初めに言葉ありき、 言葉は神と共にありき、 言葉は神であった」と。仮に言霊の体感がないとしても、これだけ言っているわけですから、頭の知識として入れておいてもよろしいかと思います。ここでご質問に戻ります。鏡のことを踏まえ正しい道は何か、ということですね。それは、「言葉は神であり、自分は神である」という自覚を持って生きることではないかと思います。その自覚があれば、人は外部の環境に影響されず、真に主体性を持って生きることができます。これが、無支配という意味を持つ「イソノミヤ」のあり方なのです。イソノミヤ=五十音=鏡=神=自分ということです。 |
| 回答講師 | 小野寺潤 |