毎日の御祓についてです。最近は

分類2-1
質問毎日の御祓についてです。最近は、①祓詞を言葉として発する前のスポット、瞬間、言葉になる前の意識、意志に、自分の意識を置いて奏上しております。(言葉ではどうも説明しにくいのですが。)ゆえに、奏上される前の一瞬に、もう奏上は終わっている、という感じです。そして、②神にご加勢いただき、自分で祓うという力みは手放し、「神のお働きのままに」という意識で、作法をたんたんと行っております。だからなのか、発された言葉そのものには、「力」のようなものを感じません。ただすらーっと口からただ流れ出ているような感じを、客観的に感じます。無味無臭といった表現が当てはまるような、毒にも薬にもならない、そこに心も意志も感じないかのような言葉です。この事につきまして、何かご教示のお言葉をいただけましたら幸いです。何卒宜しくお願い致します。
回答本来の言霊や意志には、重さがありません。が、軽さもないのです。重く感じるのであれば、はじめからそれは違うとわかりますが、軽いと感じるのも実は間違いです。重くも軽くもない、ただそれが瞬間的に宇宙全体に広がるという感覚です。実際にご自身が発した意志が実現するかどうかで、それは確認できます。
回答講師小野寺潤

火打の作法について教えていただ

分類2-1
質問火打の作法について教えていただけましたら幸いです。まず自分を清めた後、祝詞を上げる場を清める際、火打石を一旦置いて、拍手一礼したあとに、また一礼拍手して石を手にとってその場に入って、とするのか、この部分は飛ばしてそのまま手にもったまま場にはいるのか、教えていただけますか、よろしくお願いいたします。
回答丁寧にするのであれば、自身の祓いと結界の間で火打石を一旦置いて、再度一礼をして拍手をして手に取って頂ければと思います。 ただ我々もそうですが、自身を清める為に手に取った火打石を一旦置くことなくそのまま持ったまま、場の結界を行っております。
回答講師櫻井慎也

祓いに始まり、というのはわかる

分類2-1
質問祓いに始まり、というのはわかるのですが、祓いに終わる、というのはなぜでしょうか。別に終わらせるときに祓いが必要なのではなく、祓いが常に必要というもののたとえなのでしょうか。
回答そのとおりです。
回答講師七沢智樹

いつもありがとうございます。火打作法を

分類2-1
質問いつもありがとうございます。火打作法をやるとき、まず、自分自身に行いますが、人やものに行う時、時間がたってしまったら、自分自身をまたやり直したほうが良いでしょうか?
回答他者や物への火打ち作法は、最初に行う自祓いの火打ち作法とセットで毎回必ず続けて行ってください。
回答講師櫻井慎也