| 分類 | 1-4 |
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| 質問 | 明治に入って孝明天皇の命により白川家学頭が宮中を後にしたということですが、これほど神道、祭祀といったものが日本にとって重要と考えられているにもかかわらず、そのようにした、またはせざるを得なかった、のかという、そのお考えや事情といったものはどのようなものだったのか、お聞かせいただけますでしょうか。 |
| 回答 | 幕末や明治初期の動乱期の事実や事情を知ることは簡単なことではありません。今なお研究が行われ、様々な書籍が出版されております。 少なくとも我々白川学館では、これまでの間、白川に関わってきた人達によって伝えられたものをもとにしております。 入門講義集にも記載させて頂きましたが、孝明天皇の命により、高濱清七郎は宮中を後にしたと聞いております。祭祀を守り伝える為に・・・。 白川学館としましては、今に至るまでの間、残されてきた白川のおみちを、何とか後世に残し、天皇家には、いつでもお使い頂くことが出来るようにしておきたい、と思っております。とにかく、より多くの門人の皆様や関係者に白川のおみちを知って頂き、皆様のお力で白川を検証・検討し、共に伝えて頂ければ幸いです。 |
| 回答講師 | 櫻井慎也 |