0021話:2016年12月19日

大成功だった、ロゴストロンフェスティバル

今まで東京の地を守って、お祓いをしていただいていましたNさんが、今日から甲府に来ていただき、一緒に働くことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

昨日は、皆さん、ロゴストロンフェスティバルのお手伝いありがとうございました。大成功だったとお聞きしております。年末にかけて臨時のお祭りがあります。明後日は冬至祭祀があります。たまたま金曜日にテレビを見ていたら、「今よみがえるアイヌの言霊」という番組をやっていました。戦後すぐに大量のアイヌのユーカラなどを全部収めたライブラリが出てきて、レコードに録ってあったものを再生して、音にして、更に全部翻訳したものの一部をやっていました。非常に参考になりました。番組があるので、皆様見ていただければ良いと思います。

◇文字がないから、みんな消えてしまった

金田一京助という言語学者の言語研究の本を収めた場所が、北杜市にあり、時々、Oさんは勉強しているそうですが・・・。金田一家というのは南部から行って、元に戻ってきたそうです。ユーカラの研究やアイヌ語の研究をお父さんがされていたそうです。アイヌの叙事詩は、世界の最高文学だとまでいったわけです。

そのテレビによると、三日三晩ユーカラ(叙事詩)を物語っているという話しがありました。その中で、色々と新たな発見がありました。文字がないから、みんな消えてしまって、ほとんど話せないので、解釈するのがやっとだったようです。叙事詩は比較的分かりやすい、アイヌの口語でできているそうです。アイヌでは、神のことをカムイといいます。要するに、自分より能力のあるものは、自然にしろ、人にしろ神といったんだと思います。人のことはいっていなかったのですが、多分そうだと思います。優れたものを神という。そうすると、あらゆるものを、たとえば器のようなものでさえも、神と捉えています。それは多神教の一つの形であると思います。

◇アイヌ風にいえば、ロゴストロンは神

別のテレビ番組では、神道が宗教であるか、宗教でないかという議論が宗教学者を交えてやっていました。そこでも宗教ではない、ということをやっといい出したわけです。宗教の部分は、戦後、神社神道にして、それが宗教法人になったから、宗教になってしまった部分があります。形の上での宗教になったといいますか。神道というのは、宗教ではないという議論がようやく出てきました。僕が山梨学院大学で二年間、講義していた時は、神道は宗教ではないということをいっていました。普段の生活の中に神という概念を持っていたということですね。それが生きるということの基本にあるから、相手を尊重したり、自然を大切にしたりして、尊厳をもって迎え、道具さえも神としていた。

アイヌ風にいえば、ロゴストロンは神であるともいえるわけです。人間にできないわけですからね。コンピュータもそういう面が人工知能の恐怖につながってしまう。機械が神になることの恐怖ですね。我々にとっては何の恐怖でもありませんが、一神教にとっては非常に恐怖になるわけです。

僕はユーカラの三日間の叙事詩は、語り継がれると同時に、娯楽みたいなものだったと思います。物語を聞くことを三日間やるのはお祭りでもあり、娯楽でもあるのではないかと。それで僕が感じたことは、古事記もそのように残ってきたのではないかということです。争いなどの神々の出来事を、人間界にあるように面白おかしい物語として語られたものを太安万侶が祝詞風に神々の威厳をもって書かれたのではないかと思います。元々は長く語り継がれた日本神話ではないかと・・・。それがいつ頃からということもありますが、多分そういうことだと思います。

アイヌ民族を見ていて、元は縄文人がいて、そこに各民族がいっぱい入ってきて共同体を創っていったのではないかと思いました。たぶん早い時期に、アイヌは北海道あるいは日本に入ってきたのではないかと。そういうことの名残りが、アイヌに言い伝えという形であったのではないかと。大陸から別の民族が入ってきた時に、北と南に分かれたのかもしれません。アイヌ民族と琉球民族は似ているということもいわれます。南下するということと、北上するということがあって、それが今の時代にも残ってきているのではないのかと思います。

◇みんな仲良くという民族が日本

日本列島とは、世界で一番長い列島ですので、これからの地政学でいうと、ロシアや中国だけではなく、南の方も、そのようにまとめるということが可能になるような役割があるのではないかと思います。北とも仲良くし、南とも仲良く、大陸の方とも仲良くするというような、そのような大きな位置を占めていくのではないかと。基本的には、みんな仲良くという民族が日本の中枢にはあったのではないかと思っています。

アイヌを通じて、元は分かれていくのだけれども、トーテムというか、動物を特に大事に思うわけですね。水鳥が魚をくわえていくという能力があるということを神としたということがあったのではないかと思います。たとえば、氷河期では狼や熊という存在をトーテムとして信仰の対象として残ったのはアイヌの熊の祭りであるわけです。一方で沖縄では、海蛇であったりします。そういう生き物を対象にするということが多くなりますね。トーテミズムで解けることもあるということですね。後から、人間がシャーマンとなって、神の代わりをするというシャーマニズムが出てきます。元々の自然の一つひとつの草木に命があるというのがアニミズムの考えです。そういう古代信仰といわれているものが、みんな多神教といわれる古神道の元になるものなんですね。

それを大切に考えて、一つの新しい自分の生き方をもっていたということが大事なことではないかと思います。そういうことをこれからの社会の中で、世界の中で、その意味が問われて、仲良くする仕方をみんなで伝える時が来るのではないかと感じました。今そういう時期に、世界の焦点が合ってきたので、きっと皆様方もそういうことを聞かれることが、多々出てくると思います。そのあたりのことをワープでも、持続可能社会がどういうことか、ということをアイヌや縄文の遺跡が語るものからとりだして、我々が説明知として持っていこうということをやっていった方が良いかなと思いました。

今日もどうぞよろしくお願いいたします。