0027話:2017年01月02日

◇神様は全知であるが、全能でない

初夢を見る間もなく、二日目を迎えてしましました。正月の初水は小さなお玉に入れて、あとそれで、お雑煮を最初に作るのですが、今回はじめて、今年の皆様方に差し上げるための水を創りました。それは命が元気になる中身かどうかということで、一種の「お試し」というか、これは悪い考えか、いい考えかわからないのですが・・・。神様のお試しか、悪魔のお試しか、自然のお試しか、あるいは真実ということが要求する内容といってもいいと思います。そういう意味合いで水をこれから提供する上で、自分がまず試して、それで効果があったかどうかを考えることになりました。お薬とか、病とかいうものの関連では、必ずそのようなことが問われる。

ロゴストロンでも、少しでも役に立つということであれば、どれだけ自分たちが役に立ったかということを問え、と。当然、一つの表現としてあります。僕はそれを全て認めています。ですから、ハードルを高くするか、低くするかの問題であり、上げることでチャレンジするということをですね・・・。

神様は全知であるが、全能でない、という観点からみれば、人間がましてや全能であるわけではありません。それに近づこうと努力する中で、我々がお役に立てるということを意識するというかですね。我々が生きるというか、こういう「おみち」というものを納得して、そして、やはりそうなんだと・・・。この道をいくんだ、という確信が問われているのではないかと感じています。昨日の夜に皆様の腹の据わった意志をお聞きし、非常に楽しいというか、素晴らしいというかですね、敬服するというか、尊敬に値するというか、そういう思いを皆様お持ちになっているということが分かりました。

◇脳の中に呪詛が入ってきた

高濱先生によく言われていたことは、家から外に出れば七人の敵が存在するんだよ、と。

そのようなことを調べることができるある大学院の博士の方が、七沢先生は沢山の呪詛を受けているといわれたことがありました(笑)。そんなに恨まれているのかと(笑)。今は桁が違っているのではないかと。こうなったらとことん瞬間でも油断していかないようにしていこうかなと。

よくいわれるのですが、ロゴストロンアンパイア75000があるんだったら、それを使えと。僕は弁慶ではないですが、全部受けてやるというタイプでして、よくカウンセリングやっていたときも、七沢さんのやり方は受けすぎですといわれました。もっと自分の周りに漂わしておいて、入れてはダメと叱られたことがありました。どうしても習い性というか、鈍いのか、自分が入っていかないと、なかなかしっくりこないんですね。あるとき、脳の中に呪詛が入ってきたことがありまして、切れる、直前まで来たなということがありましたので、それは瞬間に出しました。奈良先生はそんなことはあまりいいませんでした。自分が全部受けるタイプでした。二十代の手前で出会い、とても優しい先生でした。その影響があるかもしれません。小笠原先生からは、言霊を魔法で使ってはいけないといわれていました。魔法ということが沢山あって、悪い影響が沢山あるからと・・・。高濱先生は、これまた優しい先生でありまして、全部お受けになるという方でありました。

今は、我々は三人の先生方の完成されたものを、さらに今の世の中に公開していくという大変な仕事があるから、そうそう何でもかんでも、自分の身に入れていく、まぁ、出し方も分かっていて、だいたい確立しているので大丈夫ですが・・・。次元を使う方法まで確立できたと思っているので、何とかいけると思っていますけれども・・・。

◇様々な水を今まで開発してきました

夢というものが、どんどん現実に起こっている。伊勢神宮に行ったとき、来年、更には再来年の中身まで分かってしまったということがありました。井坂先生もそういっていましたけれども・・・。啓示が明瞭にまた早まっているということを感じました。

我々は去年の段階で、今年はどのようなことをやらないといけないという中身が非常にあったのですが、それで情報水というようなものを創りました。十五年前に水中主という水を、ロゴストロンの前の機械を作った時に、その水を創りました。その水を飲んだ時は、飲んだ全員が酔ったということがありました。水はお酒になるというかですね。養老の滝の話しではないですが、そういうことを経験しました。そのような情報水を創り、今年はじめて皆様方に提供していきます。その水を後で飲んでいただきますが、それをまた完成させていただいたということがあります。そのお水というものをお試しというか、その最初のものが体の中から吹き出してきたのではないかと。

Yさんが去年の暮れに、七沢さんは表面に毒が出てきますからと予言していました。その通りになりました。朝、本当にビックリしました。水ということは、たぶん非常に重要な事業なんだなと感じています。それでもって、皆様方が元気になっていただくということを、さらにやっていきたい。様々な水を今まで開発してきました。ヴィソツキー博士、ゼオライトの原さんなどの様々な天才たちのおかげで、たぶんこれからも当面していくものとしては、放射能の問題があると思います。四年前の三・一一の後に、放射能除去に取り組ませていただき、議員会館で講演会までさせていただきました。ですが、なかなか遅れるというかですね。五年目にして、この天才たちがそれぞれ持ち寄っているものが放射能を解決できるという意気込みを語っていただいた方々がいらっしゃいます。その統合ということを我々がやらせていただくということになると思います。それが非常に大事なところです。本当の意味でのデトックスというか・・・。ほんの僅かな振動を与えるBWM909という機械を耳元でかけていたのですが、それでデトックスということが思い浮かびました。それを朝方、寝転んでかけていました。

◇持続可能社会にできる叡智

去年の一年間が新しい方針のお試し期間でありました。お試し期間がどれくらいなのかは分かりませんが、最後のお試しということが来ているのだろうなぁ、という気はしました。あとはエネルギーや食料の問題が解決すれば、あとは我々がいかに持続可能社会にできる知恵といいますか、それがどのようなものであるかがわかれば、きっと人類は仲良く、沢山の人達が暮らせる社会で、持続可能なものができるのではないかと。それは単に縄文時代にできたものではなくて、今の時代でも可能ではないのかと。

その中でも命の一番の源である水を創るということが白川の役割ではないか。千年、二千年、三千年と、水と関わったものとして、我々が今、お水をこの時代にもう一度、皆さんに提供するというかですね。それをお創りして、試していただく、元気になっていただくということをやりたいという思いがずっとあります。

命の螺旋といいますか、生命螺旋といいますか、太陽系の中の火と水が絡み合いながら、隕石という形で落ちてくるわけですね。それは重力によって、たくさんの火と水が織りなして、この地球というものが水の惑星というものができたのではないのか。その水というものから命というものが生まれてきた。それが四十五億年の生命史ではないのか。その根源に立ち返り、脳は九十二%が水といわれているが、水によって共振し、共に元気に生きられる道を世界にお知らせするということが大切なことではないのかと。それが白川のおみち。白川家だけでも、千年近く守り続けてくれた中身を決して絶やすことなく、少しでも世界のために役立てさせていただく。それが我々にとって、非常に嬉しいことではないのかと。

とくに、この水の基本を創る工場を「WAP3」という名前にしました。皆さんにお水を提供していきたいというように思っています。まさに、水中主という略称です。水中主は、立春大吉ではないですが、左右対称で、魔が入らないといわれています。今、最終形で魔の入らない水を、二月の節分を目指して創っています。我々がお祓いするときの三種の神器、玉(黒曜石)、隕石の鏡と剣で構成されていますが、この三種の神器によって、これを工業化の形で・・・。いよいよ、今日、秘密をいってしまいましたが、工業化の段階で、水創りに三種の神器を使います。魔が入らない水中主を創ることを、二月を目標に進めています。今日はその途中経過ですけれども、皆様方に後で飲んでいただきたいと思います。昨日よりも一段と変わっているかもしれません。

また一年間よろしくお願い致します。

ありがとうございました。