0029話:2017年01月05日

◇意識の崩壊

本格的に二〇一七年がはじまりました。今年に入って今日、久しぶりにあげましたので、みんなの最初からの祓いの音のギャップがすごくありました。それぞれの音階、音程、あるいは響きがあったのですけれども・・・。毎日、一緒にやっていると、だんだん合っていくのですが、いつも最初の声のギャップというのが己と他者を知る良さでもあります。ほとんど、てんでバラバラな音というかですね。そういう音が聞こえてきます。それは悪いことではなく、それが実態であり、後、確認されると実際は合わせていけるわけですね。その合わすことも、悪いことではないのですけれども・・・。そのギャップというのが、やはり激しい違いというかですね。多分それは、みんな最初の何週間かやらなくてやってみるという人が多いと思うんですけれども、正月三日以外ですね。なかなかできないということがあったと思います。要するに、なぜ、違いが起こるかというと、はじまりに、どういう想いで開始するかというかですね。一日、あるいは一年ということになるんですけれども・・・。マンネリ化しやすいものです。

それは丁度、禅の問答に例があります。時間が来たから、九時になったからお祓いに行くということか、あるいは、一日のはじまりとして自分がとにかくあげに行くということか。

みんなが行くからあげに行くということもあると思いますが、朝、祝殿に来て祓うということが毎日すべきことだから、当たり前に行くということか。意識にあがっているか、あがっていないかを別にして、要するに、このあたりの心境にポイントがあろうかと思うんですね。みんなが行くから行くということもあると思います。そういうことを感じたときには、自分が行きたいから行くという意識にもっていき、もう一度体勢を変えてしまうというかですね。それは要するに朝、人が行くから自分も行くという他動性ということですと、それは意識の崩壊なんですね。そういう意識もありますが、二次的な意識になってしまいます。

主体意識というか、自分が自己意識で生きるというところに変えるということをしないと、お祓いの主体的な意味がなくなってしまうんですね。せっかくやっても意味がない。もちろん、意識でもって、行くから行くということもあるんですけれども、少なくとも入り口でもって確認してほしいんですね。祝殿に入る前に。自分があげたいからあげるんだという意識に変換してから入ってくるということですね。それが主体意識だと思うんですね。それ以外は物事を創造しないのですね。二次的な意識では、物事は創造しないんですね。生まれない。創造意識にするには、自分がまずはこれを発生したいというか、合わせたいというのでもはじめればいいんですね。

◇創造意志のフトマニという概念

僕は今日の音は、みんなが少なくとも太陽系の言語だといっている我々であるからですね、太陽系の響きというかですね。そういう太陽系が生まれてくる時、創造の時の声と一緒であればいいというかですね。それは時間でいうと、物理学的には物としては四十七億年とか、四十六億年という時間をかけて、惑星の運行はでき上がっていくわけですけれども・・・。今日の感じでは、五十億年というか、五十ということが出てきました。五十億年という中で、地球も太陽系も生まれてくる中で、太陽系というものが生まれてくる中での五十億年だと思うんですが、なぜ、四十七億年といっているのかと思いました。確かに、四十七、四十八、四十九、五十といったですね、人間のDNA問題とか、「ン」が入って五十音という場合もあります。それはどういうことだろうかと考えながらやっていました。我々は四十七億年の隕石をどういうように水創りに使うのかということを考えています。水がエーテルであり、エーテルがこの隕石が落ちてくる時のイメージと、魔が入らないというところの整合性をずっと考えています。どうも五十億年なのではないかと・・・。

五十億年の内の三億年というのが、宇宙創造意志というか、太陽系の創造が原始太陽から生まれたからかもしれませんが、原始太陽という創造が起こるという意識、創造意識のときの・・・。ものはいくら辿っても、ものになってしまうので、我々が必ず前提としなければいけないのは創造意志、あるいは創造意志のフトマニという概念。そして振動、エネルギーというものによって作られるのでしょうけれども、その創造意志エネルギーというものになるのに三億年かかったのかなぁと。

◇自分がやりたいからやるんだという意識

五十億年という太陽系の創造にのっている最先端に我々はいるのかもしれません。それは進化を促された存在かもしれませんけれども、そういう存在が今、命として、元からの命を受け継いで、創造を行う瞬間瞬間の中今の作法というもの、それは我々が一日のはじまりのときに意識することが大切です。もちろん、起きた時の瞬間に、意識がはじまる時にはじまっているのですが、生活という一つの中におけるはじまりとして見ると、創造意志というものをもったお祓いをあげさせていただくということを、幸か不幸かそういうものを我々がいただいて使える。それは日本語にあり、それを最大限に使うのが祝殿に入る時の意識、非常に重要な意識となる。入った意識、自己が一日を生み出すという意識ではないのだろうかと。もちろん、一日の中で、よし私はこうやるという意識であれば、それで構わないのですけれども。少なくとも入る時に自分でもって、よし今から創造意志というものに合わせて自分がやりたいからやるんだという意識ではじめるということが一番の成果。創造ということの神、あるいは、創造ということの仕組みに沿って、そして、命をイキイキとさせる。人間が一番イキイキできる元だと思うんですね。

◇お祓いという宇宙創造

ある時期、人の寿命がどのように伸びるのかということを色々な実験をしました。ものとしての実験ではなく、意識をどういうふうにすれば寿命が伸びるのかという実験を二十年前からやっていました。やはり、意識の問題なんですね。意識というものを瞬間に、天から、拡げるようなものからはじめると伸びるんですね、寿命が。ですから、だんだん死に近づくと、自分の意識が遠くに飛ばなくなるんですね。これは、人間というのは自分が意識した瞬間に、意識を飛ばして、宇宙を存在せしめている。中今ということも含めてそうですけれども、瞬間に宇宙創造ができて、またそれが創造・維持・破壊して、帰趨して戻ってきてという繰り返しなんだということを三人の先生から聞きました。

死に近づくということは、意識が飛ばなくなるということですね。無限の宇宙に飛んでいくというようなですね。それをどこまでできるかがポイントになると思うんですね。それを飛ばすということですね。意識というものは、自分が宇宙を創り出す、あるいは、自分が存在して宇宙を創り出しているという意識をどこまで持てるかがポイントになると思うんですね。それは創造の意志というものに、自分自身を重ね合わせていくことによって、拡がりが創れるわけですね。

お祓いというのは、少なくとも神話知、大祓という千年前には確定していた古代からの言い伝えの中身。その方法が一見、宇宙のように見えますけれども、少なくとも江戸時代の先生たちは高天原というか、世のはじまりというものを皆さんお持ちで、それを宇宙に拡げていくということをされていたということ。そのことがある「とほかみえみため」から四つの祓いをいただいて、その意識になると。ですから、最初、ここに入ってきて、それぞれの想いの音が最初は出るわけですね。出ても構わない。出たということを感じて、そしてその上で、お祓いという宇宙創造というもののはじまりの響きに合わせる。母音に合わせる、子音に合わせていく。それが倍音になったり、地球のあいうえお、木火土金水、シューマン波に合わせて、地球の生命エネルギーと一致して、生きていくということを可能にすることができるわけですね。そのことが一番の価値だと僕は思っています。祓いの中で、一日の調整をしながら、もう一度、自分が自分自身とこの宇宙を創造するという意識に立って、一日をはじめると。そのようなことができればいいんだということを感じました。今年はそんなイメージでやっていただければ、お祓いもきっとお役に立てるのではないかと思いました。

いよいよはじまりですが、よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。