0101話:2017年04月19日

◇始まりの日に

昨日4月18日は、白川の教えを甲府に伝えに35年前に高濱浩先生がこちらに初めて来られて、母屋に祀って頂いた始まりの日なんですね。

昨日は色々とありました。五本の榊が来たんですね。本当は植樹しなければいけなかったのですが、今日やって頂ければ良いかなと思っています。他にも色々な知らせがありました。会社も2つ出来ました。Tさん、ご報告してくれますか?

 

【Tさんより】

◇新たなスタート

新しく2社立ち上げました。イソノミヤ株式会社とDCP株式会社です。昨日、NIA(七沢研究所アーカイブス)のメルマガにも書かせて頂いたのですが、これから、高濱先生から始まった叡智を、より分かりやすく伝えていくということですね。

デジタルメディテーションもそうだったのですが、ロゴサウンドですとか、井坂先生のアートとか、水とか、米とかですね、本当に日常の中で活用出来るものばかりです。昨日は、ある意味、七沢研究所の何回目かの新たなスタートになったのではないのかなと、後から振り返るとそのように思いました。

Kさん、最近のご報告はありますか?

 

【Kさんより】

◇書籍を公に発刊することで貢献する

現在、イソノミヤの構想があるのですが、地域貢献ではないのですが、甲斐の国をもっと知ってもらいたいと思って、甲斐犬の本を5月末か6月の出版に向けて動いています。昨日、原稿を先生に点検して頂き、現在、イラストレーターの方に分かりやすく、ビジュアルで甲斐の国はどういう国かということを書いてもらっていまして、その辺の製作を進めています。

あと、長谷先生の本である「なぜ、母親は子どもにとって最高の治療家になれるのか?」を現在、母の日に向けて色々と準備をしています。また、電子書籍での販売が今週末か、来週くらいまでには開始されます。こちらはスマホでも読めるので、特にセルフケアのところは、スマホで確認しながら、内臓の位置や腎臓の位置を確認しながら出来るようになります。

そもそも長谷先生の本に一番始めに七沢代表の推薦の言葉を書いておりまして、そこで私としては、これを書いてしまっても良いのかと思ったのですが、憑依だとか、呪詛の対応が取れる治療家ということで、先生に注目したということが書いてありました。ところがあの本は、一般の人に向けての本でしたので、そこのところの内容は書いていなかったわけですね。なので、折角そういうことを書いて公表してしまったのにも関わらず、物足りなさがあるのかなということも正直、感じています。そこをフォローすべく、妖怪退治ではないですが、憑依とか、霊的なところの問題を扱った企画を、出版記念会等で考えていきたいなと思っている次第です。

Sさん、何かご報告はありますか?

 

【Sさん】

◇高速回転するコマにように

毎日、色々なところでお話をさせて頂いて、やはりスピードは神であるということで、「ちはやふる」をテーマにして、高速回転するコマのように直立不動、自由自在ということを日々、自分自身も問いかけながら、皆様にそうであるということで気付いて頂くという感じで話しています。なので、これからも高速回転で色々なところに早口でお届けしていきたいと思います。

 

【七沢代表】

◇日々の知識と経験が共有されながら蓄積され、そして量が質に転換していく

ありがとうございました。

我々は仕事もそうですけれども、蓄積と言うのですかね。もの凄い量の知識や仕事が蓄積されているということがポイントなんですね。色々な経験もそうですし、様々な分野でもって色々な仕事が、当然知識と経験を積み重ねていくわけですね。それが大量にどんどん溜まっているというかですね。ですから、それの有効利用もそうですが、必ずそれ自体がもの凄い資産というかですね、大変な財産というものになっています。それを知識というものも含めて、みんなで共有しながらいくということが、非常に大事なところではないのかと思います。

普段から同じようなことを繰り返しているように見えても、一つ一つの細胞が、三ヶ月で入れ替わるように耐えずリモデリングというか、新陳代謝をしながら肝心な記憶というのか、知識というのか、そういう経験を蓄えていくということをやっているわけですね。革命論を言うわけではないですが、その量が質に転換していく表現をしてもよいかと思うわけです。その変化が、我々の中での意識の進化として行っているところにあるのではないのかというように思います。ですから、毎日お祓いがあり、そしてその一つ一つの自分自身の祈りがあるということがやはり大きな蓄積になるということですね。

◇ご修行は全て記憶され、蓄積、発展していく、それがみんなに恩恵を与える

高濱先生がよく言われていましたが、ご修行というものは全て記録されているというか、記憶されていて、それがどんどん溜まっていっているということですね。ですから、一度も下がらないということでした。経験というものが消えてなくなるわけではなくて、また下がって行かないで、どんどん加わって発展していくんだということをよく言われていました。だから、これからはそういうものがどのように蓄えられていくか、そしてその蓄えられたものが、どのように貢献していくのかということを、一人ひとりの人間だけではなくて、みんなに沢山の恩恵を与えるような、そういう研究というものが、我々も1万5千年の縄文の記憶というものによって、今、それをDNAや、あるいは精神遺伝子としての知識を頂いて、それが今、開花しようとしているわけですね。

何千年も経った蓮の実が芽を出すように、我々は生きた実の中にそういう記憶を蓄えていて、それが新しい時代に合うように、経験が活きていくということが、これから起こるのでないのかと思うわけですね。

ですから、そのあたりが我々の出しどころと言いますか、しかも、今の時代にそういう記憶がもう一度、この時代の時と場所に刻印して、様々な形で経験を積んで、また更に大量の人類の記憶として蓄えられていくということを確認してやるということが、我々の祈りということに繋がるのではないのかと思いました。

今日はありがとうございました。