0154話:2017年07月03日

◇「あいうえお」の振動数でエネルギー補給

土日もなくて、月曜日となって、いよいよ月月火水木金金という状態になってきました(笑)。それで、エネルギーをどうしても補給しないといけないというかですね。やっぱり、鎮魂と、言霊と、祓いというかね。これはある面では、エネルギーの補給方法であります。それをもっと役立てた方が良いかなと思いました。

鎮魂は色々と作法がありますが、要するに、宇宙というものが出来上がるというか、活性する時のエネルギーを使うわけです。宇宙創造の時のエネルギー、それが残っているというか、137億年前という話にもなりますが、そういうものが周波数として残っていて、それが、1/fのゆらぎとかがあると思うんですね。

また、地球だと地球の固有の振動数ですね。シューマンウェーブとか、これは光の速度との関係で、球体の運行する速度というか、7.8Hzという平均数がありますが。我々の体の皮膚表面は7.8Hzという振動数であるから、それがズレると、それを補完するという意味で、マッサージや手当てがあると思います。それを調整するということが、お祓いもそうですね。言葉でもって整えるというのか。それは必ず、日本語というのは最後に母音がきて、母音で自然の五行に戻し、調整するというかね。ですから、我々がお祓いをする時に、お祓いの振動数は言葉から出ているんですね。音波としては、一旦外に出して、反転させて、また体に浴びせるようなお祓いをすると言うんですけれども、それも一種の治療法みたいなものですね。

体に正常な振動数、「あいうえお」に五行の修行をする、母音で振動させるというかね。治療、あるいはエネルギーを調整しているということですよね。エネルギーを調整するとそれが自然に帰るんですね。五行という自然に帰るということですから、従来の地球と一体となるというかね。それが自然神というか、神と見立てて五行というか、人間が地球と一体となる為に、ある面では、祓いや「あいうえお」、日本語が残っているということですよね。

◇鎮魂でエネルギーの場を掴み、流れを実感する

鎮魂もやっていますが、鎮魂というのは、自分自身が今度は地球になって、太陽と月のエネルギーを自分の中で一つにするという方法です。鎮魂は一種の坐禅と言っても良いのですが、坐禅というのは、ただ座るだけではなくて、寝ることも禅(寝禅)で、立っていることも禅(立禅)なんですね。歩くことも禅(歩行禅)、食べることも禅になったりと、要するに、全てが禅(修行)になるんですね。

エネルギー補給ということの第一は、地球と一体となること。そのエネルギーの補給は、ある面では寝ないと骨の中まで休まらない。重力1にしないと休めないんです。すなわち、仰向けになって寝ることです。そういうので、ボーンコンダクションという音響療法というのがあるわけですね。骨の中を休めて振動させるということをやるんですけれども。それは人間の体の中で、大祓の水の流れのように、脳の中は脳髄流というかですね、脳の92%は水なんですね。豆腐みたいなものですけれども、豆腐の中の水が綺麗になっていないと豆腐はすぐに腐ってしまいますけれども、脳の中に水が流れ、脊髄の中を流れて、体全体に落ちていくんですね。そのように水の流れというのは、人間の命の源になっているんですね。

我々が鎮魂をするということは、イメージ出来ないエネルギー場を、どのように掴むかというのが、神、霊、魂、情、体という縦の流れというか、五行を掴むということが大事なことなのですけれども。霊というものは見えないのですが、実はそれが、一種の結合エネルギーというか、物は創造されているけれども、更に創造のエネルギー場を、絶えず新しくするという働きがあるというかですね。それは日々更新されているんですね。脳の中で水が吹き出すように、そのエネルギー場も吹き出すというかね。それが負のエネルギーのようですからですね。離散して宇宙に拡がっていくわけですけれども、そのエネルギーが出てくる源のところを可視化するというか、感じるというか、そういうものが、霊と言っている世界であろうかと思います。

宇宙から湧き出すようなエネルギーを見る、掴むということが鎮魂ということに繋がるんですね。鎮魂ということは膨大なエネルギーの流れを実感する方法なんですね。それが拡がっていく時、出てくる時を見るというイメージ。そのエネルギーを掴むというイメージになり、エネルギーが充実してくるということを普段、我々はやっているんですね。

◇今まで聞いたこともないようなものをやっている

どんな瞬間も、自覚すれば補給できるので、そういうことをするというかね。こうしなくても、自分自身が荒魂、和魂、幸魂、奇魂、精魂ではないですけれども、これが鎮魂ということの、今度は霊の働きがいよいよ精神に起こるというか、そういう自覚をすると、更に自分に戻ってくるというかね。

ですから、エネルギーというのは、バーンと拡散していくのだけれども、自分の中に循環して戻ってくる、ということをお祓いでやっているのですけれども、今度は、鎮魂という形でやるということですね。それが、荒魂、和魂、幸魂、奇魂、精魂ということですね。一回一回、その場でエネルギーが広がって循環するということをやっているわけですね。

物理的なエネルギーから言えば、全然証明されているわけではありませんが、フリーエネルギーということになると思うんですね。フリーエネルギーは絶えず出ているんだと。瞬間瞬間に出てくるエネルギーというものがあるんだということになるんですね。それを掴むということを端的にする方法は、祓いや、鎮魂なんだということですね。そういうところを掴んで頂くと、凄く面白いというか、そのエネルギーを体のエネルギーに変換していくと、非常に元気になれるというかですね。

非常に今までに聞いたこともないようなものだけれども、科学にもないところをやっているようなところがありますね。説明知としてもないし、概念としても分からなかったことを掴んでいくというか、あるいは見たり聞いたりというか、それが大祓をあげるということであり、鎮魂するということになるんですね。そんなことをやっているんだということを頭の隅に入れて頂いて、そういうことなのかと。これだったら、誰でも分かるわけがないよねというか。

◇聴く

今日、感じたことは、昨日も、一昨日も、金さんの鎮魂組曲東アジア編ということで、各章の名前を決めてきたんですね。良い名前がついたなと思います。音楽とお祓いとは違うわけなのですけれども、日本で我々も、これは音楽かどうかということを色々と考えて、色々と試行錯誤でそのことを先生は伝えてくださっていなかったからですね。

今、Y君にやってもらっている鈴を、江戸時代のやり方を色々とやってはいるんですけれどもね。この基本に、これも山梨大学の合唱団でやっていたのは、S先生という方がやっていた分離唱というものを取り入れたりですね。ですから、音楽の専門家の方が、ここで色々と協力してくださって、試行錯誤でやったんですね。分離唱も幾度となくやりました。それは皆の声を聞くではなくて、聴くですね。聴き入るということをですね。これは、ロジャースの来談者中心療法と同じで、とにかく来談者の話を聴きなさいというのがあるんだけれどもね。聴くということは、自分自身の声を聴く時、朝の調子とか、あるいは、どういう風に何がうっ滞しているのかが分かるわけですけれども。

分離唱というのは、自分の声というよりも、他人の声を過去形で聴くような聴き方なんですね。ですから、小さくしないと聞けないということもある。だから、強く出すということも必要だし、その時その時で色々とあるんですね。今日はいつも強い感じのY君の声を、少し小さくしてもらいました。それで周りの声を聞いてもらうということをしたんですけれどもね。どんなでも良いんですよ。その時のあげられたお祓いが良いのですけれども、ずっと強い、ずっと弱いではダメなんですね。聞しめせと書いてあるでしょ。神様にも聞いて頂くけれども、自分自身にも聞こしめすんですよ。それがお祓いの極意の部分でもあります。

そういう意味の聴くということは、分離唱と言わず、それを取り入れてやった時もありましたが、ただ小さい声にして聴くだけということではない。しっかりと意志を出すということが大事だから、その両方がお祓いの中で必要なことですね。

一週間またよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。