0157話:2017年07月07日

◇予定社会

色々と今日も行事が重なっています。今日感じたことは予定についてということでした。

自分の生き方、生活、仕事というのは、予定に基づいてやっていて、それを全体で言うと、一種の予定社会ということになっています。だから、人生というのはソフトではありませんが、要件定義をしていくわけです。自分の人生がこうなるということを目指してやっていると言ってもよいと思います。

予定することは、良いことももちろんあるのですが、みんながやりやすいところですが、一方では、予定社会に組み込まれて、結局、脳が桎梏(手かせ足かせ)してしまうんですね。そういう生き方しか出来なくなってしまうということで、その最たるものが定年です。55歳、60歳、65歳とだんだん定年も伸びていますが(笑)。そして一生、仕事をするという洗脳に合うわけですね。皆さん、それに引っかかっては駄目です(笑)。定年退職もなくて、ずっと働かせ続けるということではありません(笑)。

要するに、予定社会で決められたら、そういう風に生きようということになってしまう。次の人生に対する用意がとれないんですね。それで終わってしまうのです。自分である程度、先をどうなんだろうということで、多分、皆さんこの何年間かで見ると、何でこんなところにいるんだろう、と思うかもしれません(笑)。

私も祝殿が建立されて5年目になりますが、まさかこの中でお祓いしている姿を思い浮かべなかったですし、昨日も熊野がどうとか言っていましたが。考えてみると、何人か私は、こういう形になる前に出会っているわけですね。大学にいたとか、Rくんは看護学校に入る前に、もう知っていますけれども。Sさんだって本当は、東神社の宮司になる予定だったのですが、今は祝殿の宮司ですね。皆さん、それぞれあると思います。だから、予定社会に組み込まれると駄目ですよということですね。予定ということは、1つの物語で、我々は最たるもの、古事記という物語を現代でやるようなやり方だから、ある面では一番古い物語の仕立て方ですね。今日は、七夕願立祭をやるわけですね。一年間がほとんど綺麗な予定で、年祭も並ぶようにですね、その予定を現在、Sさんが立てているところですけれども。考えてみると、そういうのも非常に決まりきったようになってしまうでしょ。頭の中が予定で、例えば8月11日の年祭はどうするかと頭を抱えているわけでしょ。まずはお土産から考えないといけませんが(笑)。

高濱浩先生が言われたのは、臨時祭が一番エネルギーがあって、みんなの役に立つんだということを言われていたわけですね。なので、臨時の祭りを今年はいっぱいやっています。これからも、どっちが多くなるか分からなくなるくらいやります。

◇予定に組み込まれないで生きないと脳が乗っ取られる

昔は、決まったお祭りというのは、仕事が決まっているから、農繁期、農閑期ではないですけれども、それであるんですね。お祭りというのは、一種の予祝であると同時に、お休みでもあったんですね。収穫祭でも一つの休みなんですね。そういうものは未来にあって、「おどま盆ぎり盆ぎり」ではないですけれども、お盆に帰れるから、一生懸命、今は頑張るよという子守唄もありますよね。そういう楽しみの予定というのは良いんですけれども、今の時代は、土日が楽しみということの他は、会社の予定で生きているからあまり面白くないというかね。それを楽しみにする方法は、また別にあるから、またいつかの機会にお話ししますね(笑)。

要するに、予定に組み込まれないで生きるということをしていないと、脳が完全に乗っ取られます。だから、定年になった時にこれで終わりかと思うんですね。だいたい男性で本気で仕事をした人は、定年してから2年で大病したり、色々と具合が悪くなります。自分が主体となって生きるということが出来ないということが、予定の一番悪い面となるわけですね。

予定というものに、自分が縛られて生きるということになるからね。だから、予定もそうだけれども、今日はこういう予定だけれども、何があってもしなやかな心で対応してやっていこうという意識でもっていかないと、いけないという意識があるわけですね。ですから、自分自身がイキイキと生きるには予定というものがあっても、それに縛られないで生きるということを人生においてもやる、毎日やるということを持っていないと、非常に具合が悪くなるということですね。

実際、ここは毎日、変な事が起きます。昨日は、重い物を運んでもらったりしました(笑)。昨日はありがとうございました。ということで、洗脳されない為には、近未来という予定に、決定が入り込まないということが大事だと思いました。そんなことを今日、感じました。

ありがとうございました。