0200話:2017年09月04日

Sさん、2日、3日の講座(和の成功法則認定講座)の報告をお願いいたします。

 

●Sさん

おはようございます。

昨日、一昨日と和の成功法則の合宿が開催されまして、30名弱の方がいらっしゃいました。久子先生、賢治先生、Sさんにもご登壇いただきました。盛りだくさんの内容を2日間で伝授するというのが趣旨でした。受講生としてでもありますが、講師としてもお話しさせて頂き、その時、実感したのが教える者が最も学ぶ、ということを実感して、気付きに溢れた時間を送らせて頂きました。

今もたくさん伝えたかったことが出てきて、一瞬過去を生きる時があったのですが、それも祓われて素晴らしいアイディアが出てきました。自分が生きること、実践を通して、また多くの人に祓い、鎮魂、言霊、ロゴストロンの叡智を分かち合いたいと思います。

 

【七沢代表】

今日は珍しいIさんがいらっしゃっております。何か一言お願いいたします。

 

●Iさん

朝のお祓い会に参加したのは2回目です。最初の時は、皆さん、なかなか合っていなかったのですが、私が置いてかれるぐらい皆さんの声が揃っていて素晴らしいと思います。皆さんが同じ方向を向いて、同じベクトルで動いているということを特に感じました。更に皆さんに精進して頂いて、私は後ろから見守っていきたいと思います。

 

【七沢代表】

◇どんな場でも気づきがある

場所を変えると、普段、感じている風景が全く違ったものに見えるというかね。毎日やるお祓いで得る気付きは、直感というか、もちろん気付きは突然にもやってきますが、問うていて、温めてあって、コンピューター的に言うと、入力しておけば、必ず出力されるようなものですね。人間は直感が次から次へと、どんどん出てくると困惑したり、生き辛いわけですね。それで、僕は若い時に鈍感になる訓練をしました。今の200万とも300万とも言われる引きこもりの方々は、敏感なんだと思うんですね。その人達の方が、ある面では脳が進化しているのかもしれません。そういう人達が生きやすいような、生きる場が有ることが大事なんだろうなと。もちろん、進化というのはフレキシビリティーがないといけないから、そういうことも超えて進化するということを決心するということが、人間の意識進化にとって大事になると思います。

要するに、人間が移動したり、初めての人と、場に出会ったりすると、本当は様々なことに気付いているんですね。それがなかなか意識にのぼってこないということがあると思います。そういうものをしっかりと意識の上にのぼらせるというかね。だから、直感知を今度は論理的に、あるいは考えていることが今の時代の科学に合うとか、再現性があるとか、恥ずかしくないとか、そういうことも含めて、そういう思考と転換は大事なことです。そして、それは現実の創造力、クリエイティビティを奪うものであってはならないです。少なくともそういうものが発揮できるような自分の精神状態にしておかないと、すぐに陳腐化するというかね。

環境の中で一番良い状態にする方を、すぐに選んで、その中でルーティンワークにして、自分自身は楽に生きるということをして、ルーティンで生きてしまうということがあります。その辺りがマンネリ化すると、なかなか新しい考えとか、気付きとか、掴むということがしにくくなります。本当は、どんな場でもそういう気付きがあります。

◇ワイシャツのアイロンがけに宇宙を感じる

僕がよく感じるのは、昔、言われて残っているのは、いわゆるクリーニング屋さんが1枚のワイシャツをアイロンがけする時、その中で宇宙を感じながらかけるというか、その中で様々な工夫があります。ボタンの周りをアイロンがけする時は、非常に高度なテクニックを持っていたり、気付きがあるということを聞きました。仕事というものは、同じように見えるけれども、心持ちが全然、違うんですね。

僕は子供の頃から、なんで同じ仕事をするのに、自動的に済ます方法を考えてしまうんですね。どちらかと言うと、オートメーションになるような発想で、機械化するという方向に行ってしまい、そのことで得意になっていました。よく考えると、日本の匠というか、工人の人たちというのは、もの凄い工夫があるというかですね。その中でも一番関心したのが、刀鍛冶の伊藤重光さんです。私の長女、次女が生まれた時の守り刀を作ってくださいました。それ以降、色んな難しい要求をするわけですね。隕石で剣を作ってくれということだったりとか、ことごとく要求を聞いて下さいます。刀作りのその仕事ぶりは、仕事の過程、行程を大事にされています。実際に燃やす木炭は、それをさいの目と同じ大きさに綺麗に切っていくんですね。同じ大きさにして、ふいごに入れるというかね。刀工の技は、荒っぽいように見えますが、火が均一に回る為に非常に精密な仕事をしているんですね。一つ一つが繊細なんですね。微妙な美しい芸術の刃紋が出来るまでに精緻なルーティンワークがあるんですね。その上で、そのような美術工芸が出来る1000年以上の代表的な工人ですね。依頼者の意見を100%聞くという姿勢、態度を崩さずに実現しようとするわけです。

我々の製造部ということであれば、R君を中心として、皆さんでやって頂いています。こういうことが無理と思えることでも、クライアントや皆さんがやって欲しいということがあれば、心から聴くという態度で、それを検討するということが大事かなと。きっとそれが、世界にないような美しい刀を作るということに繋がってます。そういうことも非常に大事なことなのではないのかと感じました。

◇米作りの始まりのときは豊葦原

直感というところからいくと気付きについて、いっぱい話したいことがあります。昨日、終わりの頃になって、急いで第2祝殿に行きました。途中、草がボーボーになっているところを通りました。その後、Kさんが夜の食事をしていた時に、日本人はコシヒカリでもない、ササニシキでもない、イセヒカリでもない、日本の古来の赤米のような頃からの流れの古来の米を山形で生産している人がいて、それは全く農薬は使わず、草を肥料にしていくという簡単な米作りの方法があるということを聞かせて頂きました。桃では、草も肥料にしているということは知っていましたが、お米でも草を肥料にしているということで、一つ気付きがありました。一番古い品種が一番強くて、一番収量があるようですね。

日本では草を一本一本取るという精神が定着しましたが、米作りの始まりの時は、豊葦原、つまり雑草地でした。その中でお米作りが始まっていって、その中で一番強いお米が残って、それが僅かですが現代にも残っています。豊葦原の頃のお米の姿が彷彿され、その姿が蘇るような感じがしました。9月は京都の綾部のMさんのところで、稲刈り祭があります。考えてみれば、昔は無農薬でしたね。農薬は無かったんですね。多分、自然の中で考えたことはあると思いますが、そういうものが肥料と言っても肥ですからね。人糞が江戸時代で一番高い肥料だったんですね。それをかけて作物を作っていました。終戦後、GHQがそれを止めさせて農薬一辺倒になったわけですが・・・。言ってみれば、長い間、人糞もある面では神様ですからね。便の神様は、イザナミの命の糞から生まれた波邇夜須毘売神(はにやすひめのかみ)、尿(いまり)、すなわち、おしっこも神様ですね、に成りませる神の名は、弥都波能売神(みずはのめのかみ)であると。雑草に負けない雑草を肥料にしてしまう一番強いお米があったのではないのかなと。我々も赤米の玄米を、全国78社の一の宮に配布したことがあります、一町歩くらい作ってですね。そういうことも思い出したりしながら、そういうお米を見る時に、これが1000年前、2000年前、3000年前のお米だなという一種の想像力も必要かなと思いました。早くも稲刈り祭の話になってしまうといけませんが、そういうことも感じました。その中で水害とか、風害とか、そういう部分が9月は大変ですが、それ以外に鳥の害も大変なんですね。

◇高津神の災い、高津鳥の災い

高濱清七郎先生によると、江戸の頃まで鳥は人の最後の食糧なんですね。だから、鳥を大事にするのですが、鳥が作物を食べると困るので、そういう災いということで高津鳥の災いということがあったと思います。鳥というものを非常に大事にするというかねですね。大祓の罪は、全て人間が犯した罪というか、それを鳥がやってしまうというかね。それは人間に理由があるということで高津鳥の災いということになるのですけれども、人間の犯す罪というものと、少なくとも若干違うところがあると思います。高津神の方は色々分かっているところがあります。

皇室の中で内掌典達は鳥の姿の着物を着ることがあるんですね。天皇の前では人間という見立てではないんですね。「トリ」と呼ばれていた。ですから、空中を浮いて色々な作業をするというトレーニングをするわけですね。空中浮揚ということを白川では当たり前にやっていたわけですけれどもね。そういうものがトレーニング法の中にあると。そういう人達が天皇の前で、あるいは粗相しないということで、清めます。

内掌典の清めの仕事を手伝っていた方が言っていましたが、徹底的に清めてその上で、粗相しないようにするということですね。粗相しても、それもまたお祓いをするということが隠されているんですね。一般的には関係ないから分からない世界ですが・・・。もちろん、今度は日本の国を守る情報の人たちは八咫烏と言われていたんですね。それの方々は部族長でもある場合が多いのですが、それが天皇の前で報告をするわけですね。その時にその働きで、神(お上)の前で間違いをした場合、その罪穢れを祓うということになっていたんですね。それが高津神の災いの一つになります。もちろん、我々は天照大御神がお迎えするような神様をお祀りしているということは、そういう天照大御神というのは、天皇が一体となる神様ですね。天皇家の遠津御祖神でもあるのですが、そういう神様自体が迎える神が白川は礼拝していて、その前で宣言するわけですね。そういう世界が伝わっていたというかね。稀なことです。いましむべし、いましむべしのことですね。

他にも気がついたことがありますが、またの機会に話させて頂きます。

ありがとうございました。