0201話:2017年09月05日

◇お米とお水とお塩とお酒を献饌する

毎日、このように献饌してあげていますけれども、お米とお水とお塩とお酒ですけれどもね。基本的には、水も塩もお米もお酒も神様の名前が付いているんですね。塩というのは、塩椎神。水は、弥都波能売神もありますが、少彦名神でもあります。要するに、白川家というのは国家経営にあたる部署の一つですから、国家経営になぞらえた神様の呼び方というかね。あと、熟饌というのもあります。それはごはんと鰹節と梅をあげるのですけれども。基本的には、国家経営ということでの・・・。

よく考えると、お米があって、お米はもちろん、大宜都比売とか、宇迦之御魂神、御饌津神というか、そういう神様もあるのですけれども、考えてみますと、お米というのは、明治4年のうちの文書を見ますと、石高が何石とか書いてあります。Kさんのところは、江戸幕府直属で15万石という、とんでもない家なんですけれどもね。うちは、400石くらいです(笑)。もちろん、恨んではいませんが(笑)。国家経営の柱は、もちろん石高です。あとは水ですね。水はいちばん大事なものですね。ですから、皇極天皇は水の祭祀というのが、当時は奈良だったと思いますが、都に入る元の水にお祓いをあげて、そしてそれを用水として使って頂くと。それが、まつりごとの大事なところですね。後世では治山治水と言うのですけれども。もちろん、甲斐の国なんかは、信玄さんの頃は治山治水の方法が中国から伝わった方法で、信玄堤と言いますが、暴れた川を綺麗に改修して、みんなが作物を育てやすく、水害のないようにしました。

水は飲む水はもとより、植物、稲を育てる為の大事なものですから、国家経営というのは治山治水ということが大事なことになります。そんな時に、塩というのは、塩が無ければ生きられませんよね。小野田少尉が塩を求めるのに非常に苦労したという話があります。20年以上、ルバング島という島で、1人で暮らしていて、塩を取るのが大変だったそうです。山梨には塩山という地名がありますが、塩が取れないから、結局、武田信玄の時には、上杉謙信と戦争しているのに塩を送ってくれたんですね。ちなみに、七沢家は上杉家なのですけれどもね(笑)。その塩が非常に大事なことということですね。

よく先生が塩と水とで、塩水が出来るんだよということを仰っていました。塩水も人間の体も海から出てきたので、血液も塩の味がします。そのパーセンテージがきっと一種の比例か何かしていると思います。塩というものは大事なもので、それが国家経営の大切な要件にあたるということで、そういう象徴的なですね、お酒はどうでも良いというか、私がお酒を飲まないからどうでもいいということにしているわけではないですが、大山咋神(おおやまくいのかみ)様が、発酵醸造というか、そのことで日本の国は健康になる為にですね

今で言うと、昨日も新しいサプリメントの全体像をお話したのですが、言ってみれば、そういう全体を構成しているものが、塩が1つのミネラルの代表であり、お米がデンプンや糖質とビタミンの代表なわけですね。だから、全体を摂らないといけないということもありますけれども、あとは油というか、これは菜種の油、種ですね。田の実(たのみ)、つまり民(たみ)の象徴に油がなるんですね。ロウソクが君。君というのは木の実(きのみ)で出来たから、君(きみ)なんです。だから、君と民が火の元(日の本)になるんですね。

白川家は君と民を繋ぐ、臣(おみ)の役割だからですね、それで両方の火を灯すんですね。燈明とロウソクの火ですね。君の象徴であるロウソクと、民の象徴である菜種油を灯芯に浸し、燈明として火をつけて、両方を祀るということをしたんですね。もちろん、だんだんロウソクも出来るようになったり、食事も色んな栄養を摂れるようになりましたけれども、基本のところは、そういう蛋白のアミノ酸とビタミンと、それからミネラルというもので、だいたい50くらいで出来ていて、それを満遍なく摂ることによって、健康になるということですね。

◇熟饌・献饌と、国を営むということ

体を営む、癒すということの転化になると、今度はそれが国手というかね。国を癒やすというのが国手です。体を癒やすのは医者。これも結局、大巳貴神と少彦名神ですね。医の神が大巳貴神で、薬の神が少彦名神ですね。やはり、それが国手ですね。国を癒やす働きというものを、国手というものに言ったということになるんですね。ですから、国家経営という元は、出雲の国、この机も出雲のもので、それが今の天皇陛下がご修行する器になるのですけれども、そういうことに繋がるわけですね。出雲の国の神様ですね、大巳貴神も少彦名神も、大国主とも言いますけれども、大きい国ですね。大君ということと同じように、一番大きい国ですね。

だんだん小さな昔の人間の伯(はく)という集団がありますが、だんだん大きくなって秦の始皇帝が統一王国を初めて作るわけですね。その後、漢の劉邦が統一王国を作りますけれども、だんだん大きくなるということがあるわけですね。出雲の国の時に、大国主と呼んだのは、その時に統一王国と呼べる大きな国が出来ていたということが言えるわけですね。それが統合されて、大和国になって、日本列島における統合ということになるんですね。

国というのは、そういう側面を持っているんですね。経営上、1つになっていた方が良いことが多かったわけから、1つになるのですけれども、そういう経営の為の一番の基本としての名残ですね。毎朝、献饌するものというのは。その名残を2000年とか、1000年という中で、熟饌と、献饌ということがありますけれども、そうやって体を我々が営んでいくように、国も営みの為の一番の象徴的な、基本的な水と塩とお米とお酒ということですね。お酒が何故、選ばれているかというとエッセンスのようなものになっていると思うんですね。スピリットという言い方もありますけれどもね。ある面では、そういうものが象徴的というか、器の教えですから、お酒になって、1つの精神になっていく姿を象徴していくということになると思います。そういうものを毎日お供えする意味、それがひとえに国家とか、経営ということが白川の大きな役割だったから、そういうことをやっているということが言えると思います。ちなみに、朝ですね、炊き上がったお釜の蓋を取って、湯気を遠津御祖神に「遠津御祖神どうぞお召がりください」と言って、それを意識の上で献饌するんですね、瞬間でね。

熟饌の時には、最初はそのまま前に献饌したものは入れないで、初めて炊いたものをやります。それを梅と鰹節を1つの器であげますけれども、簡易にやる場合は、蓋をとってどうぞお召がり下さい、というのが各家の長い間のしきたりというかね。とにかく、遠津御祖神と一体となるのが一番大きなエネルギーになりますから、神というものを迎える時もそういうことになりますから、釜の蓋を取って差し上げるということをやっています。思い出したら、またやって頂けたらと思います。

ありがとうございました。