0215話:2017年09月20日

◇独神(ひとりがみ)と夫婦(めおと)神

神様というのは、1つの働きに対して、1つの名前がついています。独神(ひとりがみ)は独神なのですけれども、造化三神からの五神を別天津神というのは、古事記に出てきますが、それは独神なのですけれども、身を隠してしまっているというか、形がないということになっています。あとは、夫婦(めおと)神というかね、対に、ペアになっている神様がありますね。その典型が、古事記16番目、17番目の伊邪那岐と伊邪那美の国産みの神様ですね。今度の国御柱についても、色々と普及版ということで、大黒柱(だいこくばしら)にちなんで、大国主ですけれどもね。大国主は色々と名前が変わりますが、大黒柱とか、あるいは言玉手箱は龍宮と乙姫様と分けて、普及版は民俗的というか、俗な名前と言ったら失礼ですが、そうした命名になっているのですけれども、我々がものを作る時に、できるだけ神様の名にちなんだ命名をさせて頂いているわけですけれども。そういう中で今度、色々と国御柱を普及するにあたって、名前が必要になっていたんだと思うのですけれども。

そういう中で、よく考えてみると、国御柱というのは天御柱とペアだったんですね。夫婦神とは言いませんが、それに近いような・・・。ペアになっているから、これは片手落かなと思って、国御柱に対して、今度は天御柱が製品になる、非常に神様を揶揄しているように受け取られるところが無きにしもあらずなので、大変畏れ多いことでございますすけれども。だから、国御柱を買って頂いた方には天御柱も買って頂くと。こんなこと朝から話してはいけませんね(笑)

要するに、システムを作る時には、1つに対して、1つの名前になるのですけれども。今、そういうシステムということを含めて、もう一度、フレキシビリティではないですが、一旦、放り出してシステムの中ではどうなのということを、進化の過程で考えないといけないことが出てきていると思うのですけれども。ですから、我々はシステム会社であったり、システムをベースにして、物、人、組織を構築しているから、それは一種の科学というか、これから科学になるものと考えています。

その時に、独神とか、夫婦神と言うのですけれども、そういう存在というものは、素数と割り切れる数の論に当てはめ、それを強引に数学にするわけではないのですけれどもね。1つと割り切れる神様と言ったらおかしいのですけれどもね。今まで割っていた国御柱の神と、天御柱の神の両方を同時に出していったらいいのではないのかなと。そんなことを昨日から考えていました。

◇現実に出る直前のところからエネルギー場を見る、という見方

もう一つ、昨日、夜中に宇宙論の先生と1時間以上、メビウスの話をしていました。これも日本の古来の畳むとか、包むとか、結ぶとか、非常に基本的な技術の根本みたいな手を使う技がそういう中にあると思うんですけれどもね。そういうことを数学的に言うと、メビウスの概念の現実化が起こると。それはもちろん幾何学や色々な数学の中にもありますから、そういうものとの整合性を考えてみなければいけないこともあるのですが。

数学のメビウスというものを、どういう風に現実のものとするか、要するに、三次元立体になっているものを畳んで、包んで、結んでどうするかどうかということですね。それがどういうものになるかどうかということを色々と議論していたのですけれども。まず、概念を分かり合うことは難しいのですが、その先の具体的なエネルギー場をどうするかということは、さらに難しいというか・・・。既に現実の中に出来ている世界から、出来る直前のことですよね。創造意志や創造の始まりのところですね。そういうところからエネルギー場を見るという見方をしないといけないから、どこから一体、負のエネルギーが出現してくるのかということを考えながらですね。

これは一種の人類というものが、負と正、あるいは創造というものを考えた時に、必ずそこに行き着くところでもあるし、それは禅の一種の公案のようなものでもあるし、それをどういう風に見ていくかということは大事なところだと思うんですけれどもね。丁度、そういう風なところの確信に至れるということを、我々は機械にして初めて納得したり、確信に至るわけですけれども、そういうものを通じながら、やっていくというかですね。

どうしても経験科学として、こうしたらこうなったというだけで、理論は後から付いてくる場合も多いから、今回も音響ベッドではないですが、世界が40年、50年研究していてもなかなか出来なかったものが、開発出来ているわけですけれども。それをいざ説明する時には、横波とか、縦波とか、色々と既存の物理学の中であるのですが・・・。経験科学として、こうなったというだけでは十分条件にならないというかね。今、そういうことが証明として必要な時代なんですね。

新しい論というか、論理をしっかりと立てないといけないというか。それは仮説でもいいのですが、それを証明していく為の数式方程式というか、そういうものを出さないといけないというかね。ですから、あらゆる神様の働きをお願いして、あるいは新しくメビウスの神様というのがあるのかどうか分かりませんけれども、そういう働きを自分の論や機械や証明方法としてだけでなく、白川の立場からすると、神の働きをお願いするということにもなるのではないかと思うのですけれども。

◇四角は人工概念、円・楕円は宇宙

少なくとも一対一で出来ているということから言うと、働きに対しても神の名前があるし、呼び名として名前が付いてくると更に1つの働きが起こるというかですね。そういう風なことが我々のやっていることであるから、必ず神の名前にちなんだ製品や言葉ですね、組織においても、これからの社会においてもあるのではないのかと。それは東西というか、そういうものを合わせてなるべく拾っていくことによって、そういう説明知が可能であるというかですね。

これは北半球だけに文明があったというわけではないわけですね。今回、オセオニアというようなところのですね、これは日本をひな形とすると、四国に当たる場所ということもありますけれども、オセオニアという南半球ですね。この南半球と北半球を合わせるということで、新しい創造というものが起こるのではないのかと。そういう点では球にするというかですね。

四角というのは人間が考えた概念、人工概念ですね。全ては円、楕円とか近いものが宇宙ということになるわけですね。葬る時にも、前方後円墳か、前円後方墳か、どっちかになるんですね。ですから、天を迎える場所と人間が祈る場所というものが2つあるわけですね。参る墓と埋め墓みたいなものですね。それが分からないと、この古墳ということがよく分からないんですね。

円となっているものは、要するに、宇宙というかですね、天を迎えるということですね。太陽系で言えば、もちろん隕石も割れた時は散らばっているかもしれませんが、基本的に丸くなるわけですね。宇宙の存在物というのは、みんな丸くなっていくわけですね。玉になるというか、飛行機でも危険な時は、丸い格好をしてくださいと言っていますね。それは一番安全だからですね。そういう風になるわけですけれども、天というものは、太陽系の惑星はみんな軌道をはみ出さないで円を描きますよね。丸いものが円を描いていくというかね。それを天と言うんですね。天は丸になるんですね。そして、天と地とペアになるんですね。

それを今回も天御柱も円形の柱にして、地は方形ですね、八角形になっていますから、あるいは中に入れるものは変えたら良いのかも知りませんけれどもね。そういう円と方であると。それでようやく落ち着いた気分で製品をお渡し出来るのではないのかと。これは別に沢山売る為にそんなことを考えたわけではありません(笑)。たまたまご修行の過程で、そういうものが出てきたので、そういうことをみなさんに公表したというかですね。

我々は白川のご修行、白川の経典としている日本書紀とか、古事記とかそういう物語が、具体的に科学的に役立つかどうか、ということも含めて考えているわけですね。ということで、世俗に上手く合うような名前にするとかですね。大黒柱ということもそうですが、少なくともそういう民話まで今回も浦島太郎の話ですから、そういうものと合っているのですけれども、必ずそういうものが同時共時に共振共鳴同調して、そういう製品まで出てくるということが間違いのないところではないのかなと思って、やらせて頂いているわけでございます。

そんなようなところで、今日もありがとうございました。