0216話:2017年09月21日

昨日、甲野さんの講座がありましたが何か気づいたこと等ありますか?

 

●Iさん

昨日のテーマとしては、言葉と身体操作ということで入っていきまして、身体が言葉によってどのように変わっていくのか?ということで話というか、研究会を進めていきました。

我々は、言霊を学んでいますが、本当に昨日はその入り口的なところではありましたが、例えば「指から手を下ろす」ということと「指を下ろす」ということで、それだけでも手の下ろし方の力具合も全然変わってくるということでした。これを進めていくということは、我々が構文を作る時に、いかに脳に作用するか、基本的には脳の作用で身体が変わってくるということになるかと思います。意識というか、脳の作用というか。脳に効く言葉を、甲野先生の言葉、身体操作と合わせて、そのあたりも研究していきたいなと思っております。それを今後まとめていきたいと思っております。

 

【七沢代表】

◇武術語

この研究会も何年も続けている意味というかは、要するに、新しい言語の開発をしているわけですね。武術語というか、ボディーランゲージというか、あるいは手話とか、人と人のコミュニケーション上で使う言葉の開発もあるのですが、自分自身が、脳からというか、神経、神のみちを使って言葉にし、使っていくことを今やっているわけですね。非常に大事な研究会だと思います。もちろんそれが、これからの色々なシステム言語もそうですが、そのようなものも、より発動、実現しやすい言葉というか、出した言葉がそのまま役に立つというか、十分な役割が出来るようにする言語を作ろうとしているわけですよね。ですから、よく甲野さんのお父さんが、陽紀は私よりもはるかに能力があるから宜しく、と会う度、電話の度に言われるのですがね。

気づきというのもそうですが、武道も腕をあげるということは、一つの気づきでもあるのですが、それは相手を倒すという意味、あるいは合気道のように、コミュニケーションのような、天之浮橋なんて技もありますがね。そのようなコミュニケーション上の言語というか、具体的に自分自身の一番、効果的なというか、そのようなものが通じ合うというかですね。それは脳から、要するに中枢神経から末梢神経に至る通りが、どのように良くなるかということが問題だと思うんですね。

◇気と風と水と・・・

そういう気の流れというか、気功もそうですが、それをトレーニングするようなものもあるのですが、単なる今までの身体を動かす流れのこと、それを運行するような、小周点、大周点とか、気を動かす方法も様々ありますが、武術でも、健康法でもそのようですが、言語を通じていくと、いかに違うのか、あるいは効果が変わるのかが研究テーマというか。

我々は、発した言語がそのまま現実化するというか、要するにエネルギーロスのない形で、それを伝えるところに腐心しているというか。そのようなことがどのように出来るかというか、その流れというのが気なのか、あるいは神経の流れなのか、脳の水の動きなのか。昔の言葉で言えば、木火土金水の五行とか、地水火風空の五大、識を加えて六大とか、易も八卦(天、沢、火、雷、風、水、山、地)ありますが、そのようなものの中にあるものが、どのようなものかというと、自然の運行もそうですよね。

どうにも五行と易経と、それから仏教の密教系の地水火風空と、要素が合わないんですね。八要素、五でも合わない。土を地と言ったり、用語があっていないんですね。そのような中で、今の我々の時代に、五行の神ということもありますが、その木火土金水の一つひとつのはたらきを、我々が神と繋がる、そのような自然のはたらき、あるいは自然を神として、その神にはたらいて頂く時に、何ていうか、そのようなものが、五行、五大、あるいは六大、八卦というものと合わないんですけれどもね。それを自然に合わせる疑似科学に、昔からの地理風水(ちりふうすい)学というように言いますね。地理は高校でも習うことですが、地理風水ということで長い歴史があるわけですね。

風水ということが大事なところであるのですが、その風水というものが、我々の今の祓いを、風に見立てるわけですね。風は息であり、宇宙風というか・・・ですから、神話で言えば神の気というか、漂っていたという神話が多いのですが、そのような神の気というものが、多分、風になり、我々は神の言葉を吐くことを息としているわけですね。風も息も似ていますね。

自然は風がないと、全てはすぐに死んでしまうわけですね。もちろんそれは空気、空でもあるのですが、その世界にも繋がりますが、我々は十種でもって息を頂くわけですね。確かに、生まれてきて初めて大きな鳴き声で、オギャーというか、何というか、その言葉を出しますが、その時は吐いて吸うわけですね。中にある肺が初めて動く時に息を頂くといいますね。それが自然界でみると、それが風というかね。ですから、風が気というものに近いのではないかということですね。

それがまた脳もそうですね。物理学、量子場脳理論でも、水が大事な役割をしますが。水と風水というものが、気と水という捉え方をすると、最初の物質としてはエーテルのようなものが存在するということですね。気というものと、水というようなものが合わさったような、仮想的な存在として、エーテルというもので、それが宇宙のはじめから一貫してある、と。それが気になったり、水というものになったりというわけですね。その地球の命というのも、水と風が存在して、それが特に大事なものとして、最後に動かすものは風によって、気によって動いていくということが起こるわけですね。それが水に繋がっていくということなんですが。

風水という、気というものを、どのように使うか、それが言葉もまさに、息というものの中に存在するというか。そしてあと、言葉を現実化する意志ですね。意志と言葉、すなわち気が息となって現実化するという構造だと思うんですね。ですから、これからの身体を使って出てくる研究は、ボディーランゲージでもなければ、単なる手話でもない。気と一体となった言語であって、その結果としての音もそうですね。音も一つの響になって出てくるということですね。そのものを使った全体像があるということですね。

それを今、我々は分析したり、一番良い語彙にしていくことで、その繋がりをつけるということですね。単語が一番良い形で、実現する形で繋げるということですね。それは膠着助詞というか、「を」とか、「の」とか、といった言葉を使って単語と単語を繋げて、そしてそれが相手にわかったり、あるいは自分自身がはたらきを実現していく。それが霊というか。神と霊と魂というか、繋げる結合エネルギーになっている言語もあって、そしてそれを行うわけですね。そのような文法も使いながら見ていくと、非常に彼の体感的技が、新しい研究が役に立つのではないかと昨日も感じました。

今日も宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

オーストラリアの方も、非常に上手くディジュリドゥも、祓いもあがっているとのことでした。皆様に宜しく、とのご報告がありました。