0229話:2017年10月07日

【子供向けお祓い会】

◇山梨とサンリオ

静岡の方は知っている方がいらっしゃるかも知れませんが、これを読める人がいますか?

「月見里」

普通は、月見里(つきみさと)と読みますけれども、これは「ヤマナシ」と読みます。月見里(やまなし)神社があります。月見が出来る場所は山がないという意味から、当漢字が付けられました。よく山がいっぱいあるのに、なんで「ヤマナシ」なんだと言われます(笑)。これは山の梨ですけれどもね。

この近くに500年近く経っている春慶寺というお寺があります。そこは、キティーちゃんでお馴染みのサンリオの辻信太郎さんという方が創業・社長でいらっしゃるのですが・・・辻さんは、山梨県庁に勤めていまして、山梨から東京に出て、企業を開くんですね。その時に、どういう名前が良いかということで、私も親しくさせて頂いていた当時の鈴木住職という、日本で初めて自動車の自動クラッチを発明した方なのですが、その日本精密という会社がありまして、そこの方が社長もしていたんですね。その方に辻さんがどういう会社の名前が良いかということで、山梨の王様になりたいということで、山(さん)梨(り)王(おう)で、サンリオと付けたという話があります。その辻家というのは、七沢家と辻家は経堂を建てたりして、菩提寺の最初の3軒の1つなんですね。

◇梨と柿

山梨は梨の木がいっぱいありました。今はほとんど梨は作っていませんけれども。明治の廃藩置県の時、最初は甲府県と言っていたんですね。その後、山梨県ということになったんですね。その時に、山の梨ということですね。元々は1000年以上、千何百年かは甲斐の国と言ったわけですけれども。甲斐の国と言った意味は、実は柿の国なんですね。今日は柿を15個献饌しました。柿を都に持っていっていたんですね。それでその仕事は、実は、私の平安時代の先祖は、山梨の国に来た時に、清原真人の一族でした。天皇の位から次の序列の人を「真人(まひと)」言っていました。その先祖が、甲斐の県主、つまり県知事として赴任するわけですね。その頃、石和よりもっと東の方に県庁にあたる国府がありました。国府が東にあったのですが、その時の甲斐は柿の産地ですね。もちろん、後で馬とかもありますけれども、山の国ですから、非常に美味しい柿があったんですね。それが奈良の柿になるんですね。ですから、最初は甲斐の国から柿の木を奈良に持っていったんですね。甘い柿をですね。それで、更に、江戸時代に甘い柿、御所柿が甲斐の国に来て、非常に美味しい柿が出来るようになるんですね。

その頃は、七沢家は3代将軍の側室にお楽の方という方が入ったわけです。それで突然変異で甘くなった御所柿を里吉で作って、そしてそれを代々、徳川家に持っていって、明治以降は天皇家に献上していた柿なんですね。ですから、柿の木にしめ縄が張ってあって、登るとすごく叱られたこともあります。お蔵の2階から柿を取った記憶があります。K君というのが22代目で継いでいますけれども、そこには柿がまだあります。実は、今も一族は七沢農園ということで、御所柿を作っています。11月になる前には出来ると思います。これは日本で一番甘い柿だと思います。里吉御所柿です。

今日、実は、Mさんという方がいらっしゃっていて、皆さんと一緒に聞いて頂いておりました。宮中三殿があります。明治以降は皇霊殿と神殿と賢所です。そこで、天皇家の祭祀がされていたんですね。その中で、賢所というところで内掌典さんがお仕えしてですね、こられたんです。Mさんはその内掌典さんをお守りする仕事をされていました。それでその話を先程、一緒にしていたんですけれども。

◇清まる、清める

今日は非常に大事な話というか、要するに日本の哲学というか、平安清明ですね、誠を中心とした、平らけく、安らけく、清らけく、明らけくという意味です。安心して暮らせるような、あるいは環境も、身も心も清らかな、平等感に満ちた平らかな、明るい社会を作りましょうということですね。全ての徳目のようなもので、こうあればいいという境地ですけれども、内掌典のような、神様に仕える人は清らかということでも、清らかさの細かさ、メッシュがあるんですね。清らかには段階みたいなものがある、ということを今日お話をして頂いたんですけれども。

宮中の賢所は、天皇陛下が天照大御神ですね、これは天皇家のご先祖でもあり、太陽神という言い方もありますけれども。そういう神様をお迎えして、お慰めするという意味合いがあります。毎日、天照大御神を天皇陛下がお迎えして、神様をお慰めするという場であるということであるわけですね。それには天皇陛下が天照大御神と一体となるということがあるわけですね。その上で、例えば、朝食を頂くというのを、相嘗と言います。一年間の一番大切なお米をお祀りする祭りの新嘗祭が、11月23日にありますけれども、相嘗というのは、毎日、天皇陛下は炊き上がったご飯を献饌するわけですけれども、そういうことをされるわけですね。神と一体となってする技というのがあります。

それはやはり、神様というものを迎えるということが清らかでなければ出来ない。清らかさというのは手順というか、深さがあります。その最高度に清らかでないと神様を迎えるには値しないんですね。その為には、賢所で働いている方は徹底的に清らかでなければいけないんですね。もちろん、履物に触ってはいけないとか、トイレとかもそうですね、トイレに行ったら、斎戒沐浴するわけですね。これは出雲の一番の祭祀を司る家に伝わっている作法もそうですね。おしっこをしても、頭から全部水をかぶって、清めるということをするんですね。これは皆、同じなのですが。普通の方がそれだけやるのも大変ですけれども。ですから、昔の仙人が、お前が王様になれと、同じ仙人から言われた時、上流に行って耳を洗ったという話があります。


政治を志すということは、ある面では汚きことということが定番であったわけですね。しかも、みんなが顔を洗うところではなく、上流で耳を洗ったという中国の話もありますけれども、そういう神道では、それを斎戒沐浴ということでやります。日本人が一番長生きして100歳以上が6万5千人いるという時代になりましたけれども、その要因の1つは、お風呂に入るということが清まって、公衆衛生では大事な身の清め方でもあります。それはドイツの学者が、なんで日本人が長生きするかを調べた時に、風呂に入るということが一番の理由ではないかと言った人がいました。これは近年の研究でもあります。そのように風呂に入るということが、非常に大事な清まるということの内容でもあります。そういうこともあります。

もちろん、身を綺麗にするということは、自分の身の回りも綺麗にするということになります。ですから、それはお掃除ということになりますね。身の掃除から周りの掃除を非常に大事にします。

皆様御存知の宝塚の歌劇団は、山梨出身の小林一三という方が阪急を創業して、阪急の中から宝塚の歌劇団を作るのですけれども。その時の一番の学びの方法を、校長先生たちが白川の道場に来て学んでいました。要するに、白川は古神道ですね。神道の中でも、何をまず一番に学んだかと言うと、瀬織津姫のお働き、つまりお掃除の神様ですね。身を清めるということもありますけれどもですね。これが、祓戸四柱の神の象徴ですけれども、これは神道では、水が動いて清める一番の神様になりますけれども。その神様の瀬織津姫という神様を、宝塚の校長先生にお教えしたんですね。瀬織津姫神、つまり掃除の神様です。宝塚では、今でも、トイレをピカピカにしますよね。それが伝統ですけれども、それは実は、白川の瀬織津姫神、お掃除の神を教えていたんですね。

仏教では、同じ時代に一燈園というところがありまして、それは常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)の行というのを教えていましたけれども、それもやっぱり掃除の仏様ですね。仏教と神道は似ていると言われますけれども、そういう仏様もそうなんですね。実は、宝塚も掃除の神様を大事にして、今もやっていると。

明治の時や江戸時代に日本に来た外国人は、あまりの美しさにビックリしたということが、多くある日本の評価ですね。街が綺麗だということですね。非常に公衆衛生がその頃から発達していたんですね。そのように広がっていったことが、良いところではないのかなと思いますけれども。

街が美しいということは、これからの日本の観光も美しい日本ということで、安倍さんが言うからいうわけではないですが、美しい日本ということは、環境としても、観光をする上でも、自然が美しいだけではなく、雨が降って美しいということもありますが、そういう平安清明というか、自然の姿を見て、雨が降って、風が吹いて、その美しさをきっと掴んだが故に、一番清らかな世界を当たり前に持っていたんですね。後から、罪とか穢れというのが出てくると思うんですけれどもね。

◇伝え続ける

最初から美しい自然と一体となっていた縄文人からの、そういうものが伝統で、人間の美しさ、神と人間の関わりを伝えてくれたのが、125代の天皇家ということになるんですね。その中身は古神道である。それは祓詞と言霊、そして、鎮魂ですね。
そういうものを伝えてくれたということですね。そのことをもう一度、平安清明というところに戻って、非常に簡単ですけれども、たぶん自然と神との関係、人間と神との関係を伝えるということが、教育の第一義に当たる所ではないのかなと思いました。

今日、入り口で一人のお子様がぐるぐる回ったり、後ろから火打を打ってくれた子がいたんですが、その技というのは、まさに神業なんですね。もちろん、子ども達がお祓いを口ずさんでくれていましたが、そういうことが伝統ということですね。神と子供は最初からひとつなのですが、それが今の社会が色々な知識や感情を広げていますから、その中に埋没しているだけであって、本来は美しく、平安清明の境地ですね。誠の心、誠の動き、あるいは声というものを持っていることを知ることが非常に大事なことですね。そのことが子供向けお祓い会の中で拝見していますと、次第に神様とひとつになっている世界が見えてきました。

僕は、これは意識進化というか、本来の姿を取り戻している姿ではないのかと思いました。我々、大人がそういう子供が没入して掴んでいる世界を、逆に学ばせて頂いているのではないのかなと今日は非常に感じました。子供向けお祓い会の意味も、意義も非常に深いものがあります。気が早いようですが、そういうことを学ぶ大学、白川学館大学というものを早く作りたいなということを一層感じた次第です。

今月から株式会社白川学館大学出版部というものを作ったんですけれどもね(笑)。前後していますけれどもね。そういうことを共に学べるような、それは芸術や音楽、絵画も含めたロイヤル・アカデミーというものが、本来は世界での皇室の教育の一番のハイライトの部分でありますけれども、そういうものを含めて「皇学」と言うんですね。

白川のおみちと、言霊と鎮魂というもの、すなわち「皇学」を教育の中に入れた学びの場所を作りたいということを、今回、新たに、皆様方のお子様を拝見して、そういうことを是非ともお伝えしたいと感じた次第です。

またこれを続けてやって頂きたいなと思いました。

今日はありがとうございました。