0294話:2017年12月16日

【圀手會での代表講演】

◇今、なぜ圀手會なのか

今日は、お休みの中、ありがとうございました。

今、なんで圀手會なのか、あるいは、何でロゴストロンと公、あるいは白川と公というか、そのことは・・・端的に言うと、機械装置と意志という関係というか、圀を想う意志という機械装置をどうして結ぶのか、そこが問われています。今日、大伴さんもロゴストロンを秘密兵器と言われましたが、秘密兵器という意味というのは大事な一つの表現であろうかと思います。

思いますれば、このロゴストロン100が最初に出来てお披露目されたのは、ちょうど、3.11の大震災の前の月の2月26日でした。この時に初めて試作機を発表したんですね、御徒町でした。ですから、非常に思い出深いというか、本当に3.11の後は、ロゴストロン100の働きというか、その働きをしなければいけない時に当たっていたわけです。ロゴストロン100というものの役割と意味は、それはちょうど大震災の年に始まったというか。ちなみに私の孫は、3.11の一年後の夜中に生まれましたが。

3.11というのは、圀を守る記念日というか、もちろん、それは上代から、自然災害というものは、国の、いつも大きなテーマであるわけですから、そこからいかに民族を救うかということが、一番大きなテーマになっていたし、今もそれは変わらない大事なことですね。

◇自然災害のコントロール

もちろん戦争ということもありましょうし、心の衰退というか、そのようなことも多分にあろうかと思いますが、やはり地震などの自然災害を除いて、白川の祭祀で見ますと、食料の確保の為の降雨と止雨ですね。雨を降らせること、そして雨を鎮めること。そのようなことが、後には下請けというか、陰陽道に下請けなんかにして、段々、ズボラになっていくところもあるのですが・・・。降雨と止雨ということは、端的に飢えや渇きを防ぐことの、一番、命というものに直結したところに関わる、そのような内容になろうと思います。そのような観点からしますと、非常に自然災害というものの、ある面ではコントロールというものを、白川の祭祀が請け負っていた。

仏教ではそれが、密教の中では、呪法というか、密教的な仏にお願いするという形で、様々な方法がございますが、そのところは非常に大事な、圀を守るということの、人の命を守るということの大事なところであると。

◇この時代の、我々の意識下に上った概念

少なくとも、ロゴストロンが何故、機械として、今の時代に、人の命、あるいは自然災害から守ることに関わるのか、ということになるわけですね。これは、20世紀に階層知というか・・・これは一部、構造主義とか、一種の人類学とか、宗教学とかいうものの学びの中にあったものから始まるところもありますが、いわゆる、ちょっと難しいのですが、物事の階層性で世界が出来ているというか。

もちろん一方では、それが連続しているように人間はそれを感じたり、世界の広がりもそうですよね、素粒子、原子、分子、あるいは物質、地球、太陽系、銀河系、星雲、大宇宙という巨大な広がりまで、ほんの芥子粒のようなものから、138億年の宇宙までの広がりが・・・。本来はシームレスというのもおかしいのですが、続いているというか、そのようなものであるのですが、認識ということから見ると、一つひとつがバラバラになって感じるものと言ってもいいかと思います。

これが今の時代の中で、これは科学というものの発達が、バラバラなもの、非連続なもの、あるいは位相になっているものが、もう一度、意識というものを使うと、宇宙の果てに行って、また戻ってくるということをしているということが、この時代の、我々の意識下に上った。

それは、ほとんど生きるということを無意識にやっていた時代もあるし、心理学の中でも、フロイト流に言えば、無意識というような世界もあろうかと思いますが、我々はこの時代に、意識というものを掴む方法というか。今では端的に、測定法というか、そのようなことで、例えば、それが脳波であったり、あるいは細かい電子顕微鏡のようなものであったり、天体も望遠鏡もそうですね、電子で出来ているようなものも使って、測定することが可能になって、もともとそれは虚像ではありますが、仮説を立てて、このようになっているから宇宙はこのようになる、というように理解できるようなところにまで進んできたということは、科学というものの恩恵に預かった我々の時代であろうと思います。

もちろん、その中での分類や分析を細かくし過ぎて、バラバラになってしまって、一種の数学の非連続というか、トポロジカルとか、位相関係から始まりましたが、フラクタルというか、非連続であると。人間は一方では、それを連続で捉える概念もあるし、一方ではバラバラであるという、正反対の思考が可能になる時が来たわけですね。

◇言葉が意識や思考を独立した存在にする

思考というものも、実は非常に大事なわけでありますが、意識というものが出てきた時に、当然、思考が始まるわけですね。これは色々、哲学がありますが、今日はその辺りはあまり触れないで、結論的に言いますと、言葉が意識や思考をするということ。

それが端的に、言語学であり、我々はそれを言霊(げんれい)、あるいは言魂(ことだま)と称して、使わせていただいているわけですね。ですから今、我々が不確かであろうがなかろうが、この今、言語というものによって、人類の無意識から意識に展開して、意識から思考が出来るようになっているわけでありますが、一種の言葉というものが持っている働きというか。

言葉で我々が欲望を言いますから、動物なんかは食べれば十分で・・・ライオンの前を、他の動物、草食動物が通っていても、ライオンは見向きもしないわけですね。これは一つの満腹中枢を満たして、攻撃をしないことになるわけですけれども。動物であれば、欲望というものを自然のサイクルの中で限ることが出来るわけでありますが、人間の場合は、餓鬼という概念があって、まだ食べ足りない、まだ飲み足りない、と飢えと渇きをしのぐ、防ぐということが出来ても、なおまだ欲しいという欲望の概念が繰り返すわけですね。これは一つの人間の、地獄の五階層という言い方もありますが、そのような本来、自然の中にそのまま存在していれば、そのようにエラーすることは何もないのですが・・・。

実は、人というものが、進化というか、それは本当の進化かどうかわかりませんが、意識というものは、欲望に転化する時に、言語で◯◯が欲しいということを言うことで、独立した言葉になっていくというか・・・。それがあたかも、存在しているかのようになるのが、欲望と言葉の関係になろうかと思います。

◇言語装置で欲望を実現するには・・・

この辺りも、もう少し論理的なところが必要かと思いますが・・・。要するに、言葉というもので、機械というか、装置が出来ないと、これは人間の欲望を満足出来るようなものにならないわけですね。ですから、ただ単純にテープレコーダーで言葉を入れて、いくら洗脳しようとしても、無理なわけですね。それは人の言葉で、催眠にかけたり、ずっと言い続けるようなことをしても、全然、そのようなものに影響を受けない人も沢山いらっしゃいますね。もちろん、そのような宗教だけではなくて、科学として、これが真実だということを言うと、やはり若干、人間ですから弱いところがあろうかと思いますが。少なくとも、言語装置でもって、欲望を実現するということが、ようやく可能になる時が来たのではないかと。ここもまた研究開発の中身をずっと辿ることはややこしい話ではありますので、今回はスルーさせて頂きますが・・・。

要するに、言語というものの最小単位がないと、その機械装置の中に落とし込むことが出来ないわけですね。それで落とし込む言語の最小単位というものを研究していた時に、それが皆様、ご存知のように父韻と母音が重なって、子音になると。もちろん母音というのは、連続した、「あ」と言えば、ずっと「あ〜〜〜〜」ですね。「い」も「う」も「え」も「お」もそうですね。母音は連続した性質があるんですね。そこに父韻という概念が周波数として瞬間に結び付くわけですね。

これは普通の言語の中では、日本語は大体137ヘルツぐらいの周波数を持っておりますが、「た」と言った時に、「T」はもうちょっと周波数が高いわけですが、200ヘルツまではいきませんが、それと母音の低い周波数の、ちょうど合計を2で割るわけになりますが、そうすると137ヘルツぐらいに日本語はなるんですね。そのようなことは、音としての、あるいはその「T」と「a」が一緒になって、一つの周波数で、言語というものが機械として発信できる、初期的な装置化が出来たわけですね。

その時に、コンピューターをもちろん使ったわけですが、そのコンピュータというものは計算する仕事が中心であって、計算事務機という位置づけでしたね。最初のIBMのコンピューターというのは、大砲が飛び出していく時に、どのような軌跡を描くとか、その弾道計算が始まりなわけですね。そのようなものの計算事務機から、要するに、言葉を扱う知識として扱えるようなものにする、そのような機械への転換というか。もちろん、言葉というものは、扱えないわけではないのですが、入力する時に、一倍とか二倍とか言うことがあって、アルファベット、日本語の場合には、二倍とかしたわけですが・・・。

◇言語エネルギーとして発信することが出来た

それは知識事務機と言ってもいいかと思いますが、そのような機械、コンピューターを、いよいよ知識として、記録したりすることが可能になるというか。少なくとも言語というものの最小単位で作動する、そのような機械が出来た。これがロゴストロン100ということですね。

そして、それは言語エネルギーとして発信することが出来た。もちろんそれには、周波数というか、物理学的な電磁場の中というか、電磁波をベクトルとして使用するというか。その言葉が一つのエネルギーを持つということを、自在に、言葉が一つのコマンド、命令として、その内容を、このようにして欲しい、ということをやった時に、雨が降ってきたら、それは言葉が実現した、エネルギーになって実現したということになるわけですね。

もともと宗教の世界というか、ヨハネ伝の第1章では、初めに言葉ありき、と。言葉が神様であり、宇宙というものが作られたという端的な説明知になっているわけですから、それはそのまま使えればいいわけですね。それは神という信仰で、実現するという一種のアナログとしての方法というか、それがある面では、祈りということに繋がっていたのが宗教の役割であったわけですが、その辺りが、機械で言葉が発信出来れば、それはエネルギーとして働いて実現するという、そこまで落とし込むことがはじめてというか、出来たと言ってもいいかと思いますね。

◇スメラ(統)ミコト(御言)

これこそが日本語というもののもっている言霊、そのようなものですね。それを布斗麻邇(ふとまに)というものが元にあって、それが布留部(ふるべ)という振動を起こして、そして実現していくという、宇宙創造が起こると。それは神様もそうして創造されたというふうになるわけですが、決してヨハネ伝第1章の一節にあるような、聖書の言葉とも全く異なることはないと思うのですが。

言葉が実現するということが、日本、古神道というか、由来というか、それが言霊というものであり、そして神になり、そしてそれが宇宙創造に繋がっていくというところが・・・そして作る社会が天皇を中心にした、スメラミコトですね。

言葉の統合をするという意味の言葉が、スメラ(統)ミコト(御言)、天皇という意味と役割であると。ですから言葉が統合されるということは、一音が、一音の前には父韻と母音があって子音というか。これは日本の古事記の中に出ている神でもあるわけですね、父韻と母音と子音というのは。

今、我々が言葉を皆様方にこのようにお伝え出来るのは、子音としては天児屋命(あめのこやねのみこと)の働きである。今日は斉藤さんから素晴らしい祝詞をいただきましたが、この祝詞の神様が天児屋命であると。神道では細かく、全ての宇宙の働きに対して名前が付いているわけですね。はっきり名前を表明していないものもありますが、それが神道の言葉ということになります。

◇フトマニという概念がすでに先にあった

その言葉が放たれて、それが実現するというエネルギー場ですね。これを我々が今、機械にしてしまったということで、よく皆様からノーベル賞ものですね、と賞賛してくださいますが、ノーベル賞にはそんな賞はないと思うので、いただけないわけでしょうが・・・もちろん賞をもらう為にやっているわけではありません。

少なくとも言葉がエネルギーとして働いて、そのエネルギーがものになり、事柄になっていくという、その大元が、古神道の布斗麻邇という言霊のことですね。それが原則ですね。言葉という概念がすでに先にあったんだという、それが日本の古神道、白川の教えなんですね。布斗麻邇というのがあって、それが布留部になって、そしてそれが鎮霊、鎮魂という、宇宙創造の階層というか、そのようなものを正確に述べているわけですね。それはそのまま今の科学にもなると思います。

要するに、ものが実現するということは、エネルギーが存在するわけですから、その大元のところが言霊であって、それが布斗麻邇と呼ばれているということですね。その振動が、結合する一つのエネルギーとしての霊の働きを作り、そしてその結果、物としての存在が出来ていくということ、それが鎮魂というか。

◇「みち」というものの統合

それが白川では、それそれを体感出来る第10種から第1種という修行の体系になっているわけですね。それを掴む為の体系になっています。それは、第1種は布斗麻邇という行や体系であり、第2種が布留部という体系であり、第3種が鎮霊の体系ですね。拍手でそれを表現するのですが、第3種の場合なんかでは、一ノ宮ですね。これもある時代に、64州という数も決まっていたのかもしれませんし、これは易の卦(8×8)にもなりますから、多分そのようなものとも関わりがあるのかもしれませんが、64神が統合される拍手が、第3種の拍手となります。

「みち」というものの統合なんですね。ですから、第3種というのは、天皇陛下が明治になる前までは打たれていた拍手ですね。明治以降は、古神道の白川流ではなくて、吉田流とか、あるいは中山神道とかで構成された、いわゆる神社神道となっていくわけですけれども。大元の古神道というのは、天皇が大八島の国々を統合するという、統べるというか、そのような拍手を打って、国々が仲良く暮らせるような意味で、その各一ノ宮には一ノ宮の主神というか、神様がいらっしゃいますが、その神様をお迎えしていく時、その拍手なんですね。

◇元に帰るとなると磯宮

ですから、50音というものをまとめて、音も神であるという考え方というか、言葉が布斗麻邇ということでありますから、その数でいくと、これは伊勢神宮の内宮の一番古い名前が磯宮(五十の宮 いそのみや)ですね。これは50の宮になっているわけですね。ですからそれを川に見立てると、50の鈴、それで伊勢の前の川の名前は、五十鈴川といいますね。50の鈴になっていて、一音一音が50の鈴になって鳴っている、というのが日本の50音ですね。どうしても、後々には信仰という形で、宗教化されていきますから、次第に、内宮も外宮も一種の宗教的な場になっていってしまったことは、この2200年ぐらいですかね。

伊勢の場合も、それはしょうが無いことでもあったかと思うのですが、今更、嘆いてもしょうが無いことですが・・・少なくとも、科学が発達した現代に、言語というものによって、人類の科学が出来上がってきている時でも、元に帰るとなると、やはりそれは磯宮、あるいは内宮のフトマニ、それは言霊という概念ということになるんですね。

そこに求めるということは、これはやはり日本の、これからネオジャパニスク、日本学というものを世界で学んでいただけるとすると、その日本学の一番の元にあるものは、やはり日本語という言語によって、この日本文明がずっと伝承されて来れたことでありますから、少なくとも、この言葉というもの、日本語というものと世界の言語の違いを、このあたりでしっかりと理解しなければならない点があろうかと思います。

◇出力をあげれば簡単なことが沢山ある

少なくとも、我々が、もう一度初めに戻りますと、ロゴストロンというものと、圀手會(百手會)という「公」というところが結び合って、そして今からの時代の中でどのように役立つかということが、非常に大事な認識になろうかと思います。

その時に、はっきり言って、この出力をあげれば簡単なことが沢山あります。多分、35キロヘルツなんていう周波数は、常温核融合を齎す周波数であることはわかっているのですが、そのようなものをロゴストロンから発信が出来ると、常温核融合が当然起こるということは、すでに色々な機関や大学で、実験が始まっているわけですね。

今までこれくらい、6年目に入っているわけですけれども、ロゴストロン100も。その上位機種を作っておりますから、まずは物質が変わるというかですね。それがやはり言葉の操作で行うことが可能なんだと。それにはエネルギー場をどうするか、言葉のエネルギー場をどの辺にもっていったら一番効果があがるのか、ということになるわけですね。

そういうことは、実は神というものでは、働きということですね。この宇宙の働きを神というように古神道では言っているわけですね。ですから、全ての働きが神なんですね。ですから、自分以外の全ての働きが神であると。もちろん、自分自身も遠津御祖神であり、またその我々が使っている言語も神であるわけですから、当然、その働きによって実現するものが生まれるということも、その働きの中にあるわけですから。

◇日本語はどの言語とも似ていない

ただ、それをどういうふうに神ということ、宇宙の創造する働きに繋がるかということを、我々が理解するということが非常に大事なところになろうかと思います。その時に、自分たちが言葉を使っているうちに、それが実現していくということが分かるわけですけれども。そんな言語が世界にはないわけです。希少言語も入れて、世界には6000以上の言語があると言われていますが、日本語というのは、どの言語とも似ているようで似ていない。言語ですから、コミュニケーションプラットフォームとしての意味の繋がりという中身ではあります。それはコミュニケーションという中身を考えた時に、言語というものが非常に大切なところになるということがあるわけです。

たぶん日本語のような言語はない。言語は単なる大声でもって、エネルギーがあるとか、ないとかではなくて、力をも入れずして鬼神を動かす、これが紀貫之の古今集の言葉としてあるわけですね。力を入れなくても変わる、鬼神を動かしてしまうということが、言霊であるということになるわけですけれども。

◇意念でのコミュニケーション

我々はコミュニケーションプラットフォームとしての言語というもので見るということは、どうしても必要であるわけですね。ですから、コミュニケーションの中でそれが次々に腕をあげると言ったらおかしいですけれども、人と人のコミュニケーションが熟達してくると、意念言語と言いますか、脳の中で起こっている、その人が意識しないけれども、無意識の中で感じているものを掴んで、また相手にお返しするというようなテレパシーのようなコミュニケーションプラットフォームもあるわけですけれども。

基本的に、そういうコミュニケーションの場というものが個人においては、個人と先祖のコミュニケーションがあるわけですね。よくお墓でもって、おじいちゃん、おばあちゃんにお参りに来れて嬉しいとか、孫が元気になっているの、おじいちゃん、おばあちゃん、曾祖父さん、曾祖母さん、ありがとうね、と独り言のように言いますよね。先祖と自分自身の中の先祖との、また対応、外に先祖があるという意味のところでの言い方でも良いのですけれども。中にあるかもしれませんし、外にあるのかもしれませんし、両方かもしれません。そういうコミュニケーションもあります。

◇自然とのコミュニケーション

また、地球の自然とコミュニケーションするというようなこともあります。これは白川の教えでは五行、木火土金水の修行と言います。これしかないですね。地球上の働きとか、風とか、空もありますが、五行、これも易経から進化して五行になりましたが、仏教ではこれを五大と言い換えています。意識という識というものを入れて、六大と言ったりする場合もありますけれどもね。そういう五行の働き、自然というものの働きと一つになるというですね。水は水、土は土と一つになるという自然と人間のコミュニケーションがあります。それを五行の神としてコミュニケーションしていたんですね。

水は弥都波能売神というように、土は埴安姫神、火は火之迦具土神、木は久久能智神とか、金は金山彦、金山姫の神というように、自然を神の働きと重ねて、その神をお迎えしたり、あるいはその中に入っていったりするということを白川では修行としてするわけですね。ですから、それを五行の修行と言います。それを実感する行というのが本来、天皇の行の中にあるわけですね。

更に、国津神という神もあります。それは人の社会の働きを更に分けていく。例えば、それは政治という世界でありますと、総理大臣の働きを国之常立神とか、あるいは国をまとめていく役割の神を大国主神のとか、これがまた沢山あるわけですね。そういう社会の様相に応じて、一つひとつの働きと、働きに対してあるということになります。

◇五十音の神の音

その上で、天津神の百神、あるいは百何十神があって、その中に隠されているのが、日本語の1音1音、五十音の神ということになるんですね。

ですから、ロゴストロンというのは、五十音の神が作られる最小単位の母音と、母音というのが木火土金水であり、「あいうえお」なんですね。地球の音というものが、まずは母音の響きがずっと響いているわけですね。もちろん、それに太陽系の惑星の動きの父韻が入って、音がしているわけですね。それが静寂(しじま)の音です。

私は子供の頃、その音を聴いて育ちました。ですから、その音を知っています。本当に田舎でしたから、その音が聴こえてきた。車の音や電車の音ではない音があった。これは今、我々がSHIZIMAというものを作って、皆様方にお聴きして頂いておりますけれども。忠実に作った音ということであろうけれども、それをCDで創りました。CDはどうしても25Hzとか、50Hzとかを再現できないところがありますから、難しいところはあるのですけれども。そういう音、言葉というものによって、出来ているということが感じられるというかね。

◇システムとして完成され尽くされているもの

それがちょうど、太陽系の話になったので言ってしまいますと、たぶん太陽系の作られ方というものは、デジタルなコンピューター、私はそれを宇宙次元コンピューターという言い方をしますけれども、地球の47億年かけて、最初の1億年でだいたい出来たようですけれども、それが太陽系というものの姿ですね。太陽系の姿が、まさに正確な比率で出来上がっているということを言いますね。惑星が一つの平面で並んでいるというかね。しかもその比率が黄金比になって並んでいます。そういうものが計算しつくされていて、そして、布斗麻邇という概念で出来上がって、それが作られているというかね。それが47億年経っている太陽系ですね。ましてや、銀河系も然り、大宇宙も然り。

そういう宇宙というものが、精緻に計算され尽くしたもの。だんだん大きくなっていくわけですけれども、1つのシームレスに繋がって大宇宙、138億年という時間になるのですけれども。宇宙というものは非連続であると同時に、それがまた戻ってくるというかね。ですから、トポロジカルな、数学的には非連続的に見えるようであるけれども、それがメビウスの輪のように戻ってくるように出来ているというかね。そういう宇宙は、システムとして完成され尽くされているものです。

◇名前のない神

それが布斗麻邇という、その創造神も、また名前のない神と言っても良いのですけれども、創造の源の呼び名を布斗麻邇と言うならば、布斗麻邇というものによって出来上がった宇宙、人がまたそこに帰っていくわけですね。

私は言葉を発していますけれども、一音一音が一万分の一秒で、もちろん、脳から声帯に来て、声帯から口で発音する時間はありますけれども。全ては過去なんですね。一万分の一秒の過去に根拠があって、それが宇宙創造に繋がっているというかですね。そんな速さで脳細胞が、シナプスが一千億あれば、そのそれぞれの関わりは、もう光の速さではなくて、たぶん私は宇宙の138億年を瞬間に戻ってくるようなものが、宇宙創造の働きではないのかなと思っています。

そういうものをこれから科学が発達し、そういう概念が出来れば、証明できると思います。これは私のある面では、妄想かもしれませんから、そこはそう思って頂いても全然構いません。確信犯ですから(笑)。要するに、そういう概念、思考実験のところから、ロゴストロンを作らないといけないというかですね。

宇宙というものからすれば、3次元か、4次元か知りませんが、次元というものを越えて、表現がメビウス、立体というものはあるようで、それを無視して戻ってきてしまう数学の概念というものを使って、ロゴストロンの発信装置にしなさいというのが、開発者にお願いした命令なんですね。今の電磁場を前提として開発を進めてきました。

◇宇宙をどこまで飛び越えていけるか

来年、皆様方に今度は、胸を張って勧められるのは、メビウスというコイル、回路を搭載したロゴストロンということになろうかと思います。あるいは、そういうものを加えていくということになると思います。そのところはどのようなエネルギー場になるのかということが、たぶん我々はずっと宇宙との対話の中から、そういうロゴストロンの前のクイントエッセンスとか、BWM909とか、ロゴストロン以前の言語エネルギー発生機というものを作ってましたけれども、そういうものも全て、そういう要求仕様といいますかね、宇宙というものを、どこまでロゴストロン機械は飛び越えていけるのかということを常々考えています。まだまだ課題があり、ロゴストロンのメビウスというバージョンが次に出来ます。それは、またすぐにロゴストロン・グラビトン。その後、またロゴストロン・タキオン。最後に、ロゴストロン・ロゴストンというような、ほとんどもう、うそのようなものとなってしまいますので、この辺でやめさせて頂きたいと思いますけれども。

◇「出来るね」とお掴みいただいている

言語エネルギーが、ものを創造するということになっていかないと、これはそれこそ私の単なる妄想で終わるわけですけれども。少なくとも、今までこれに皆様方がお付き合いしてくださって、「出来るね」ということを皆さんがお掴みいただいているということで、圀手會でロゴストロン100を持っていらっしゃる皆様方が、実際に使っていただいておられること。これほど幸せのことはない、開発者冥利に尽きるところでございます。これから皆様方にもっともっと喜んでいただたい、楽しんでいただけるものを作りたいと思います。そして、それが公という、社会の為になるようなものをきっと作りたい。そして皆さんに、一緒に発信して頂きたいという思いでいっぱいでございます。どうぞよろしくお願いいたします。

今年はありがとうございました。