0318話:2018年01月17日

◇富士山の神霊

おはようございます。

昨日は、用事で富士宮、それから三島と行ってきたんですけれども、関わりのある所というと、神社がどうしても関わりがありますから。結局は、富士宮だと、富士浅間神社、三島だと三嶋大社、ここは、いつも斉藤さんが、最初に祝詞を上げます、三嶋大神、ここは本当は、里吉の村社というんですかね、村の産土神が三嶋大神なんですね。

姪っ子は、奈良毅先生が命名してくださったのですけれども、和恵ちゃんと言います。三嶋なので、恵比寿さんですよね、事代主神が祀られているんですね。事代主神様は、福神として恵比寿さんになっているんですけども、「恵」という恵むという字を使って、和恵という名前をつけていますけれども、惠果ちゃん(孫の名前)も同じです。産土神社でもあると、毎日、この近辺でもそうですが、この近辺は、三嶋大神の管轄ですね。ですから、近くまで行きましたから、ちゃんとご挨拶してきたんですけれども。

富士山も浅間神社も、大山津見神様の子供ですから、瓊瓊杵尊のお妃になった木花咲耶姫という神様ですね、国津神の子供になるわけですけれども、それが富士山の神霊として祀ってあるわけですね。

◇海の神が山の神を寿ぐ歌

ですから、その大山津見神が、三嶋大社には祀られていて、出雲の神様である、事代主神とが祀ってあると、そういう山の神ですよね。

ですから、日本の国歌、「君が代」は、

「君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで」

とありますけれども、これは、海の大綿津見神が山の国の大山津見神を寿(ことほ)ぐということですね。それが、最初は、さざれ石というのは、石がバラバラになって、まだ固まっていないような状態の石ですね。それが、巌、一つの岩になって、しかも、その岩に苔がむしてくるまで、ということは長い間、国が平安に暮らせるようにと、海の神が山の神に祝福する寿ぐ歌ですね。

単純に、天皇の治世が長く続くようにということを歌ったというだけではなくてですね、一番古い頃の、もちろん、我々は、縄文から弥生とかですね、次第に、移ってくる時の、海の神というのは、ある面では後から日本列島にたどり着くわけですね。先に来られた民から、段々、山に入っていくんですね、特に、気温の高い時代というのはですね、下は、本当に、猛獣あるいは虫の害がありますから、山の高い所に住んでいた訳ですね、もちろん、段々、寒冷になって、下に降りるということになりました。奈良の都なんかには、ずっと後ですね、寒くなって来たんで、降りてきたというかですね。それで飛騨から奈良に都を移したという伝承もあるんですね。

あるいは、四国は、大概は山の上に、支配者というんですかね、そういう人が住んでいた訳ですね、下にはあまり住まなかったというか。ですから、山の一つひとつの道は狩人達が使っていただけではなくてですね、道路になっていたんですね、高い山の方が逆に発達していたということもありますけれども。そういう山の神というかですね、それが天津神がですね、天孫降臨するというようなことになる訳ですね。

ですから、最初から居る民族と後から入ってきたというふうにも、取れるということがあると思うんですけれどもね。そういう関係といいますかね、大山津見神を大切にするということは、元から居たそういう人たちを気遣うというか、そういうことが非常にあったのではないのかということが、歴史から神話から言えるんじゃないかと。

◇三嶋大神が産土神

ですから、富士火山帯のちょうど下の南の方に進んでいく、あるいは北に上がっていくところに、そういう祈りの場所、体制があるんですね。ここ甲斐は一宮が浅間さんですが、北向きに北口本宮ですね。そういう浅間神社もそうですけれども、浅間の大神という言い方をする訳ですけれども、山梨の甲斐の国の一宮は、木花咲耶姫が祀ってあるわけですね。

もちろん、毎月の月次祭や祝詞をあげるときは、必ず、三嶋大神が産土神として祈願されます。中々行く機会がなくて、何十年振りか、たまたま、行かせていただいてよかったなと思っております。

◇白川の戒名の話

ここで急に戒名のお話しですが、元々、戒名というと、仏教ですけれどもね。そういう意味の付け方もありますし、神道でいうと、白川でも、仕事というんですかね。仕事ごとに割り振って名前を付ける場合と、生前の呼ばれていた名前を、〇〇姫、〇〇彦というふうに名付けます。その後に、〇〇神というかですね。

高濱清七郎先生は、高濱大神と言いますけれどもね。それぞれ、〇〇彦の命とか、〇〇彦の神というような、段々こう、位というか、あがりますけれども。私も、高濱浩先生は、非常に高い神様というんですかね、失礼極まりないことでしたが、先生の周波数を調べさせていただきました。先生は、最初から神様という、天津神になっていましたけれども、まずは〇〇彦の命という、そういう戒名を付けるんですね。ですから、高濱浩彦命とかですね、そういうふうにつけるんですけども、白川では役職にあった名前というのが、付けられるようになっていましたね。その両方をお作りしたということもあって、いつかこの辺りも皆さんにお知らせるときが来ると思いますけれどもね。

生きている時に付ける生前戒名というのも有りますからね。私は、30代で付けましたけどね、自分で付けたんですが、もう忘れちゃいました。思い出すも大変だから、また新しいものをつけようかなと(笑)ちょうどの前に、お寺もありますから。

以前、父がお寺は3つくらい関わっていた事もありましたから、父は2つ仏教の戒名を持っていました。そんなこともありましたけれども、それぞれ言い方もあると思いますけれども、神道で言うと、役職と言うんですかね。

◇意味のある名「いみ名」

要するに、天皇は、神社の神様に、名前や位を与えるような仕事をされているんですね。稲荷大明神の場合は、正一位という、位を差し上げたりする訳ですね。ですから、高濱清七郎先生とか、正一位なんですね、天皇と一緒に、ご修行されていましたから、そういう、正一位と・・・。白川は、名前を付けるのに、源の性を振る役職があったから、源の正一ですね。源の政一高濱清七郎という名前が、ついていたんですね。白川でも、白川家の関わりのある人たちということであれば、白川の朝臣、あそん、あるいはあそみ、昔からのそういう技能に就いたという、天皇から頂いた名前が、付けられるわけですけれども。白川が名付ける場合は、源という字ですね。源の〇〇、その正式名が、源正一という、正は、必ずしも正一というふうに書かない場合もありますけれども、源政一位高濱清七郎というですね。

そういう意味のある名という、天皇の名前は、そういういみ名としてある訳ですね。第一代の天皇の神武天皇なんかは、神日本磐余彦天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)でありますね。そういう名前が付きますけれども、きっとそいうものが戒名というか・・・。仏教が入ってきて、戒名というようなことで、そういう仏教の名前が付いたのではないかなと、そういうことは思いますけれどもね。そんなことでですね。

皆さんのニーズで、神事があれば、そういうような名前もですね、付くことはございますけれどもね。そんなこともありまして、また、名前を欲しいなと思う人は、神様にお願いしておいてください。

今日は、ありがとうございました。よろしくお願いいたします。