0367話:2018年03月08日

おはようございます。
Nさん、何か気がついたことがありますか?

●Nさん
では、気がついたことを話させていただきます。お祓いが始まった時の音が、ドレミファソでいうと、低いシの音で始まったのが、最後終わる時には、ド#のちょっと高いくらいになっていました。最後に、音程が違うということに、ふと気がつきました。

【七沢代表】

◇一音一音を神としてお祓いをあげる

音色は時によって違うんですよね。今日は、みんなの感情のレベルが、高揚していましたからね。何か、きっとみんなが集まって、決意とか強い意志あるいはそれに伴う感情の発露が起こったので、音階が上がったんでしょうね。だから、最初、低い音だったところから、だんだんと高くなることもあったりします。
それを、逆に、これは音程を一定にするということが大事です。要するに、感情の発露で、お祓いをあげないということですね。今日は、皆さん感情が高揚していましたのでしょうか。これは、いよいよ、色々と会社の方針が立ってきて、「やろう!」という意志の現れでもあると思うんです。そういう点では、悪いわけではないです。
ただ、一音一音を神として、大切にお祓いをあげる。それが、ちょうど、太陽系の中で、父韻と母音が合わさって、子音になる。これが、ちょうど、この祝殿の上空で起こっているんですよ。ドラゴンボールではないですけれども・・・(笑)

◇天の気(電気)と地の気(地磁気)が交流する

天から来る周波数と、地球にある母音の周波数が合わさって、言魂が作られる。この祝殿で、我々が合わせているわけですね。ですから、ここから始まるわけです。
要するに、お祓いを開始する9時位から、この上空が晴れるわけですね。今、日本や世界の気候の中心になっているのではないかと思うんですけれども。それは、この上空で、天の気(電気)と地の気(地磁気)が交流して、空に穴が空くというか、晴れていくわけです。気象衛星画像で見ると、祝殿を中心にして、雨の降る時も、晴れる時も、この上から始まっています。これは我田引水だから、話半分でいいけれども(笑)白川のご修行をやっていくと、それが見えるようになっていくんです。

◇天に昇ったり、地に降りたり・・・

祓詞の後、あるいは周りから上がっているけれども、自己の御魂と身体が、天に行ったり地に行ったりすることを、修行でやるわけです。ですから、その場に天と地を迎えるということもありますが、一気に、天空に上がったりする場合もあるので、漫画で言うとドラゴンボールの場面のようではないかと思うんですね。
そして、また、地の中にもぐったりします。もちろん、体全体が潜るわけではないんですけれども、そういう格好も感覚を受けることもあります。もちろん、実際に、天井近くまで、上がってしまう方もいます。普通の家だと、天井の高さも知れたもので、仮に、落ちても大したことがないので、天井に張り付いたりしていたんですが・・・。ただ、椙村先生なんかは、祝殿で上がってしまう、天井が高すぎるから、入口でドアを握られていらしたくらいです(笑)椙村先生は、私が袴を掴んでいないと、上がっていってしましたから、大変な修行を長年されました。
インドのヨガの修行も、若い頃にやりましたが、これは、実際の身体ではないけれども、魂がシュッと上がっていってしまうんですね。それで、一気に上がっていくと、肉体と魂が切れて、飛んでいって戻ってこれなくて、死んじゃうようなことがあったんです。なので、白川の修行では、天に昇ったり、地に降りたりするのをその場で、しかも周りからお祓いをあげながら守りながら行うわけですね。

◇「口」の触覚で神を掴む

その天に昇ったり、降りたりする神を、国の御柱、天の御柱といいます。これは、四種の神様の修行で、出てこられる神の働きです。そういう神を迎えて、修行をするというものもあるんですね。要するに、白川の修行は、光や音で感じるものもありますが体感的というかね。五感、六感で言いますと、主に、触覚ですね。
前から言っているように、「神を掴む」という感覚や、「神を食うてみよ」というふうな味覚というか、口の触覚ですよね。それは、1億年くらい前の生命体の原型みたいなものの感覚といいますか。ほとんど口しかないような生命体は、海水が口から入って出ていく時に、栄養を吸収するわけです。
そういう感覚というものが、右脳の感覚でもあって、そういうものに近い感覚で神を掴もうという、非常にリアルな修行であります。
もちろん、それが、言葉に現れている修行でもあるわけです。要するに、一二三祝詞というものは、50音をもたらされた感謝の意で、毎回3回あげています。そのことによって、一つひとつの音が神になって、それらを自分からあげたり、あるいは、その効用の組み合わせごとに、それぞれの名前が付いたり、すなわち名詞になったり動詞になったりして、その文法上の運行が行われていくようになります。主に、リアルなもの、触覚的なもので、白川の神を掴むということになるんですね。

◇耳に響かせて、はっきりとこの身で掴みたい

もちろん、意識というか、確信になるまでには、結局、今までは、それがアナログというか、意識がそういうところにいかないと掴めないものでありました。それが、今や、それがデジタルで、天機置師神の働きで、周波数を発信するITやコンピュータを使った機械・装置を使うことができるようになったから、ある面では、非常に、早く掴めるようになりました。
ただ、最終的には、アナログというか、自分たちの納得できるところで、掴むということです。それは、やっぱり、白川学館に道を求める人達というのは、ロゴストロンも良いなというのは分かると思うんですが、自分の感覚で、神の世界を掴むということは、どうしても必要なところであると。
それであるがゆえに、みんなでもって、共に、周波数というか音を、耳に響かせて、はっきりとこの身で掴みたいというところが、この修行あるいは、お祓いの大事なところになろうかと思います。音というもので、掴むということは、今、自分の感情を、音で出すことで、今の情緒、感情も知ることが出来ます。

◇今日1日の調子を知る

そして、それを客観視できて、「今、私はこういう気持ちでいるんだな」ということが、4つの祓い詞によって、毎回毎回掴むことが出来るわけです。また、そのことを通じて、1日の調子を知ることにもなります。ちょうど、書家や画家、あるいは、ピアノの演奏家なども、同じような理由で、毎日やっています。それは、鍛えるというか、自分自身を高めるためのものを、まず朝に始めますよね。
それと同じように、我々も朝のお祓いで、今の状態を掴んで調整して、それで1日が始まるというわけであります。だから、それが、今日のように、みなさんで揃って集団でやると、その時々の状態、今日でいうと、これから、展開するという時の情緒が分かるということです。

◇自分自身の意志によって空が開ける

そしてまた、飛躍というか、空が開いて、曇というかクラウドではないですが(笑)雲の上にあるのが、天ですから、天から地を見ていくと、雲が綺麗に開いていくのが分かるわけです。それが、自在になることが、いわゆる、守護霊とか守護神とか眷属とか、霊的なものに左右されないで行ける道というものが、開くんだと。
それを、自在に、自分が昇ったり降りたりするというところにあれば、いちいち、天候を気にする必要もないわけです。霧が晴れたり、雲が晴れた時だけ、天が見えるということではなくて、自分自身の意志によって、空が開けるということです。そういう修行が、白川の修行ではないのかなということは、非常に感じます。
そんなことで、今日は、よろしくお願いいたします。