11月22日、そして翌日の11月23日に、「白川学館 鎮魂祭」「白川学館 新嘗祭」が執り行われました。
本年におきまして、連日の神祇祭祀として、夜祭の鎮魂祭、そして翌日におきまして、新嘗祭が執り行われました。新嘗祭におきましては、ふとまにの里の「イセヒカリ」、武川米の「農林48号」、datum農園の「コシヒカリ」のお米をはじめ、様々な御品が奉献されるなか、正中の御国体机の上には、本年度の初穂を献上させていただき、ご参加されました皆様とご一緒に、電子祝殿にて、中今に産霊(むすび)繋がるなか、五穀豊穣と公の平安清明をご一緒に言祝ぎさせていただきました。
祭祀後には、七澤久子代表理事よりお話を賜りました。「伝承の尊さ」と「伝承を続けることの喜び」をテーマとするお話を共有していただきました。白川学館が創設されて間もない頃に発行されました『白川通信』の文章から、和学教授所を明治期に創設された、宮内忠正先生の御足跡のお話を共有していただきました。
宮内忠正先生は、明治期に山梨の甲府を訪れ、脚気石(かけいし)神社にお参りされましたこと、そして、江戸期に富士吉田にて御師の方々に白川のおみちをお伝えされました森顕胤先生のお話から、白川のおみちと山梨との関わりにおいての伝承の歴史をお話いただきました。
白川のおみちを民間に伝承されました高濱清七郎先生の教えを受け継がれた宮内忠正先生、そして、宮中祭祀を由来とする白川のおみちの先人の方々の学びの継承のもとにある白川学館の学び場におきまして、学びを共にする方々が自らの中心軸を整えて、共に正しい教えを伝承していくということの大事さをお話いただきました。
O様よりもお話を賜りました。古事記の神話のお話を共有されるなか、天照大御神の三大神勅の一つである稲穂の神勅と天孫降臨の神話から、天壌無窮としての伝承のあり方に基づいて、日本国においては数千年に渡る神事文化があることのお話を共有していただきました。
明治時期においての欧米の重商主義・商業主義の影響のもとに、日本の農事の概念が変化したこと、そして、農事は本来神事であってきたことからの豊かさのお話から、世界における日本の御役割として、日本の神事文化というものを日常に取り戻すことの大事さのお話を共有していただきました。
当方からお話をさせていただきました。「はふりめく」からのお話として、「新嘗祭」をテーマとするお話を共有させていただきました。新嘗祭におきまして、「嘗(な)め」という古語が大事な働きとなってくること、そして、「嘗め」という言葉の本義を通じて、神々のおはたらきと共に行うことが命を繋ぐということに繋がる大事な神事、儀礼として、日本に長らく伝承されてきたこと、神々と共に命の元をいただくということが、「嘗め」の言葉に繋がることを、「はふりめく」からのお話として共有させていただきました。
令和七年「白川学館 鎮魂祭」「白川学館 新嘗祭」におきまして、誠にありがとうございました。